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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第55回   やりなおせるの?
 ゴールデンウィークの初日、その夕方。あたしは商店街を歩いていた。夕ご飯のおかずを買うためだ。この時間にしたのは、タイムセールを狙うため。
「さて、と。やっぱりカレー辺りが無難かなあ?」
 スーパーの入り口に向かった時。
「よう、小松崎」
 あたしを呼ぶ声がした。振り向くと、そこにいたのは。
「大久保(おおくぼ)先輩」
 同じ中学で、二個上の先輩だった、大久保(おおくぼ)貴晴(たかはる)先輩だった。先輩の身長は一八五センチ。あたしは先輩を見上げる。先輩が笑顔で聞いてきた。
「買い物か?」
「はい。お母さん、高校の時の同窓会で今日明日、いないんです。それで晩ご飯をあたしが」
「お? 中学時代、家庭科部で鍛えた料理の腕が、今、遺憾(いかん)なく発揮されるわけだな?」
 あたしと大久保先輩は、中学の頃、家庭科部に入っていた。家庭科部、っていっても、実質は調理部だったけど。
「何にするんだ?」
「カレーあたりが無難かと。お父さん、カレー、好きだし」
「おいおい、冒険しようぜ?」と、先輩は呆れたように言う。
「しません。あたしは堅実派なんです」
 そして、スーパーの入り口を見る。鏡のようになったガラス戸に、どこか不自然なあたしの顔が映っている。
「……なんか、あったか?」
 先輩があたしの背後から声をかけてくる。同じくガラス戸に映る先輩の笑顔は、とても優しい。
「なんかあるんなら、相談に乗るぜ? うちの喫茶店で、コーヒーでも飲みながら、さ」
 先輩の家は喫茶店をやっている。
 あたしは思わず眉をピクリと動かして、言った。
「先輩、後輩に、たからないでください」
「頼むよう〜。この物価高で、お客さん、減っちゃってさあ」
 泣きそうな顔で先輩は言う。
「値下げしたらどうですか?」
「そんなんしたら、うちが潰れるって」
 少し考えて、あたしは言った。
「……本当に、話、聞いてくれますか?」
 先輩がニッコリして言った。
「ああ。かわいい後輩が悩んでるんだ」
 あたしは、先輩に連れられて、喫茶「マイルストーン」へ行った。

「やあ、いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれたのは、この喫茶店のマスターで先輩のお父さんだ。
「未佳ちゃん、もしかして、うちのバカ息子に強引に誘われた?」
「何言ってんだ、バカ親父!」
 二人はいつもこんな感じで、軽口をたたき合っている。ちなみに、先輩は高校卒業後、料理の専門学校に通っている。お父さんの手伝いをするのだそうだ。
 お客さんは本当にいなかったけど、あたしたちは一番奥のボックス席に着いた。先輩はコーヒー、あたしはココアを注文して、世間話。オーダーしたものが来て、一口、ココアを含む。ほどほどの温かさと甘さが、あたしの心をほぐしていった。
「先輩」
「ん?」
「先輩、『LINEいじめ』って知ってますか?」
「ん? まあ、な」
「あたし、それに加担しちゃったんです」
「加担? お前が? らしくねえな」
 先輩は苦笑を浮かべる。でも、あたしは笑う余裕なんてない。
「ささいなきっかけだったと思うんですけど、気がつくとあたしと仲のいい友だちが、グループの中でイジメに遭ってて。あたし、それをやめさせようと思ったんですけど、うかつなことをすると、あたしまで……。それで、いつの間にか、リアルでもその子を無視するようになっちゃって……。その子、学校に来なくなって……」
 先輩は無言で話を聞いてくれた。

 話を聞き終えて、先輩はコーヒーをすすって言った。
「相談に乗る、とか言っといて、簡単に答えは出せないけどさ。まず、この言葉を最初に言っとくわ」
 そう言って、先輩は組んだ両腕をテーブルに置いて、身を乗り出して言った。
「やり直しのきかない人生なんてくだらないものは、ないと思うぜ? 親父の受け売りだけどさ。お前が本当に申し訳ないって思ってるんなら、手はあると思う。そりゃあ、勇気は必要だと思う。でも最初にちょっとだけ踏み出すだけで、何かが動くんじゃないか?」
「先輩……」
 あたしは先輩の瞳を見た。なんか、心強いな、今日の先輩。
 先輩は、とびきりの笑顔で頷いて言った。
「もし、それでも一歩が踏み出せないなら、また、うちに来い。で、お金、落としてくれ」
「……先輩、後輩に、たかんないでください」
 さっきの気持ちは、あたしの錯覚だったようだ。


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