大聖堂に来て、聖職者たちを閉め出したレオポルトとアンゲリカは、数名の騎士と爆薬を持った工作兵数人を連れて、祭壇まで来ていた。
「アンゲリカ、間違いないのか？」
レオポルトは娘を見る。アンゲリカは笑みを浮かべて頷く。
「はい、間違いございませんわ、お父様。『ユミルの眼』に映ったのは、この大聖堂の地下、そして、ここに来て確信しました。私に流れ込んできた古き叡知の、送り手の珠（たま）は、確かにこの場所にあります。……『ユミルの脳髄』が」
アンゲリカの瞳には、確信の光が浮かんでいた。
娘に頷き、レオポルトは工作兵に祭壇に爆薬を仕掛けるように命ずる。そして大聖堂の入り口を開けると、わきによける。
およそ五十名の兵を率いてきた騎士が、大聖堂の中で号令をかける。
「着火用ォー意！」
四人の工作兵が、松明を持って導火線に向かうのが見えた。
「着火！」
騎士が号令をかけると、屈んだ工作兵越しに煙の上がるのが見えた。
「待避ーッ！」
騎士の号令とともに、工作兵たちは松明を祭壇の方に投げ棄て、一同が出入り口目がけて中央通路を駆けてくる。
およそ百二十五エル（約五十メートル）ほど走り抜けて、騎士と工作兵たちがやはり、出入り口の脇にその身を隠す。導火線の火が徐々に祭壇に近づいていく。そして、その火が仕掛けられた爆薬に到達した時、轟音とともに、大聖堂が揺れる。
「これは、何事だ!?」
ここの責任者である司教が仰天したように、裏返り気味の大声を上げた。
閉め出した聖職者たち、そして何の用か、ここに来たフォン・ドゥンケルが、兵をかき分けてこちらへ歩み寄ってくる。
「閉め出せ」
レオポルトの一言で、兵たちが聖職者たちを押し返した。それを見ながら、レオポルトはアンゲリカとともに、内部へ入る。
爆煙が天井近くまで上り、およそ百エル（約四十メートル）ほどの高さにあるステンドグラスが覆い隠されていた。
きつい硝煙や硫黄の匂いにむせかえりそうになりながら、祭壇に行くと見る影もなく破壊され、聖像は斜めに傾いて今にも倒れそうになっている。
アンゲリカが破壊された祭壇の近くへ行き、小さく呪文を唱えている。両手で一エル（約四十センチ）四方の板を持っているが、その板には、図形が描いてあった。そして、図形が描いてある面を上にして、胸の前に掲げている。
描かれているのは二重の正三角形で、外側の三角形の縁には黒で文字が書いてある。これは長くてよく読み取れないが、その内側の三角形、その各頂点に赤で書いてあるのは「ＭＩ」「ＣＨＡ」「ＥＬ」。大天使ミカエルの名だ。
さらにその中には三ディジット（約十二センチ）ほどの黒光りする円盤がある。
アンゲリカが何を唱えているのか、わからないが、最後だけは少しだけ声が大きくなったので聞こえた。
「汝、偉大なる伯爵フルフルよ、嵐を起こせ！」
その呪文が終わるや否や、黒い円盤から天井に向かって光が照射され、十エル（約四メートル）ほど上空に異形が現れた。
頭と下半身は牡鹿、（おじか）で、その尾は炎に包まれ、背中に一対の黒い翼。
剛で鳴らしたレオポルトも、この姿には本能的恐怖を感じた。
異形のモノ（先のことから考えれば、フルフル）が祭壇のあった辺りを見る。そして声なき声で咆哮し、両手を天に向け、祭壇があった辺りに振り下ろす。すると竜巻が起こり、爆煙だけでなく、爆発による破壊のカケラ、そして聖像すら天井ギリギリまで巻き上げて、遙か後方へと落下させた。竜巻が立てるうなり声に混ざって、なにかが壊れる音。今の音は聖像が壊れる音だろうと思いながら、レオポルトは、より強くなった風から腕で顔を防ぐ。その竜巻はさらに床下の土すら巻き上げる。
ようやくにして竜巻が収まった時、異形のモノは姿を消し、辺りは砂塵にまみれていた。レオポルトは自身に降りかかっていた砂や汚れを手ではたきながら、アンゲリカに問う。
「これで見つかるのか？」
その言葉に、アンゲリカが応える、うれしそうな声で。
「ええ、もう見つかったわ、お父様」
そちらを見ると、アンゲリカは砕けた床に出来た穴を覗いている。
レオポルトもそこへ近づき、穴を覗く。すると、そこは、かなり深い縦穴になっていた。どうやら今の竜巻が地面を掘削（くっさく）したらしい。そして、奥底に青く光る球体があった。
「あれが？」
そう聞くと。
「『ユミルの脳髄』」
アンゲリカも答える。
アンゲリカが青く光る珠（たま）に向けて左手の平を向けると、珠は粒子状になって、アンゲリカに吸い込まれていった。
珠を完全に吸い込むと、アンゲリカがこちらを見る。
「あとは、『ユミルの心臓』」
「場所はわかるか？」
アンゲリカは笑みを浮かべたまま、頷いた。
「そうか。これで我が宿願成就も近づいたな」
そして二人は大聖堂を出た。
※一ディジットは、計算すると、とてもややこしい数字になったので、一エル＝十ディジットに換算させていただきました。
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