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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第51回   まさか、そういう事情があったなんてね……
 ヴィンの御遺体は、お屋敷の敷地内にある礼拝堂に、一時的に置かれることになった。夜が明けてから教区教会の牧師さんに来てもらい、大聖堂に運び込むことになるという。
 あたしは部屋に戻り、ベッドに腰掛けていた、手に短剣を持って。
 この短剣を喉に滑らせれば、あたしは死んでまたループし、ヴィンは生き返る。でも……。
 ループするのには、特別な条件が必要だとしたら? 例えば人に殺される、というのがあるとしたら? それ以前に、もしループしなかったら? ループには回数制限があって、もう使い切ってるとしたら?
 あたしは、短剣を喉に当てる。そんな難しいことは抜きにして、賭けてみよう。そう思ったけど。
 手が小刻みに震えているのを感じた。刃(やいば)の冷たく硬質な感触が、あたしの中に恐怖をわき起こさせる。
 いや、死にたくない、死にたくない!
 気がつくと、あたしは短剣を下ろしていた。
 大きく息をつく。
 あたしは、いくじなしだ。もしかしたら、ループしてやり直せるかも知れないのに。
「……そうよね。あたし、いくじなしよね。だから、あんなことに……。夢津美(むつみ)が、あんなことに……。あたしに勇気があれば」
 あたしは、もう一度、短剣を見た。
 簡単じゃない、この刃(やいば)を、サッと滑らせるだけ。たったそれだけで、ヴィンは生き返るの。なぁんだ、簡単なことじゃない!
 そして短剣を喉元へ持っていこうとしたけど。
 手が上がらない。
 あたしは、また大きく息をついた。いい加減、自己嫌悪に陥った時。
 ドアがノックされた。そして『お嬢さま、まだ起きていらっしゃいますか?』と、パトリツィアの声。
「起きてるわよ」
『今、よろしいでしょうか?』
 何か、話があるのかな? うん、気分を変えるのに、いいかも?
 あたしは自分でドアを開けた。
「いいけど、なに?」
「裏庭まで、出ませんか? 夜風の中で聞いていただきたいことがあるのです」
 夜風って、もう深夜だけど。
「まあ、いいわ」
 あたしは、パトリツィアと一緒に、裏庭まで行った。

 さすがに、静かだわ。まあ、車とか走ってないから、静かなのも当たり前だけど。
「お嬢さま、ヴィンフリート様の亡骸(なきがら)を前にして、ご主人様や奥様の態度が、余りに冷淡だったとは、お感じになりませんでしたか?」
「……うん」
 確かに、おかしかった。あれは、肉親の死を前にした態度じゃなかったと思う。
「実は、ヴィンフリート様は、ご主人様の本当のお子様ではないのです」
「……え?」
「シーレンベックの家を継ぐ男児が産まれなかったので、さる家から男児を買いました。それがヴィンフリート様です」
「………………」
 あたしは体も頭も硬直した。そんなあたしに、気がついているのかどうなのか、パトリツィアは話を続ける。
「奥様は当時、妊娠なさっていらっしゃいましたが、流産なさったそうです。流産した子どもは、女児だったそうです。……そのことは、ヴィンフリート様はご存じで。それは、関係ないのですが……。それで……」
 ここでパトリツィアは言いよどんだ。ちょっとショックで頭も回転が鈍ってるけど、あたしは先を促した。
「それで……、なに?」
「はい……」
 パトリツィアもなんだか、言いにくいみたい。ランタンを持ってきてるけど、薄暗いから、パトリツィアの顔は青ざめているように見える。
 少しだけ間を置いて、パトリツィアは決心したように頷いて、言った。
「ヴィンフリート様は、将来、家督を継ぐ際に、お嬢さまを妻にしたいと」
「……え? そう、なの?」
「はい。それなら特に問題はありません。お二人は血が繋がっていませんし、似たような先例もありますし。ですが、結婚した後は、ある家から養子をとって家督を継がせる、と。もしお嬢さまが懐妊(かいにん)なさっても、その子どもは“よそ”に出す、と」
「……はあ? ちょっと待って? それって、どういうこと?」
「ですから、シーレンベックの血を継ぐ子どもは、よそへ……この世とは違うところへ出す、と」
 ここで、あたしにも理解できた。
「つまり、シーレンベックの血を絶やす、と?」
 パトリツィアは無言で頷く。
「私もここまでしか知らないのですが、どうやら、ご主人様たちにはヴィンフリート様に逆らえない、何かがあるようで」
「つまり、弱みを握られてる、と?」
 パトリツィアは、無言で頷く。
 うわ、なんか頭が混乱ていうか、クラクラする。まさか、あの子が、そんなこと考えてたなんて。
「も、もしかして、ヴィンって、シーレンベックの家に、なんか恨みでもあるの?」
「ヴィンフリート様の本当のご両親が、ご主人様に破滅させられたという噂はあるのですが、定かでは……。お嬢さま、ヴィンフリート様は、そのような人間でした」
 そして、一礼してパトリツィアは建物の中に戻っていった。
 残ったあたしは、とにかく頭が、ごちゃごちゃになっていた。とても素直ないい子だと思ってたけど、心の中には、ドス黒い炎が燃えてたなんて。
 ぶっちゃけ、あたし自身はシーレンベックの家とは関係ないから、血が絶えるだの何だのって話には、実感が湧かない。でも、身近でドラマみたいなことが起きてるって思うと、気分が悪くなる。アニメなんかだと、貴族は腐ってたりする。でも、この家は違うって思ってた。
「ああ〜、ほんと、混乱」
 あたしは夜空を見上げた。その時、シトラスの香りが漂ってきて……。
「え? これ、まさか!?」
 サラマンダー!!
「うぐっ!?」
 背中に激痛が走った!
「こ、これ……、あの、とき、の……!」
 背中の激痛は胸を貫いて、虚空へと走っていって。
 目の前が真っ暗になった。


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