ヴィンが帰ってきたのは、時計が深夜零時を回って少し経った頃だった……冷たい体となって。 「……ヴィン、どうして……、どうして……」 毛布の上に寝かせられたヴィンの胸は、真っ赤に染まっている。 夜遅くになっても帰ってこないヴィンを探しに出たチームの、リーダーとなった騎士に、あたしは聞いた。 「ノルデンへと続く林の奥で、倒れていらっしゃいました。胸を一エル(約四十センチ)ほどの、細い鉄の棒が貫いていて、見つけた時には、もう……」 騎士がうつむく。 あたしは、ほぼ自動的な動きで、ヴィンの近くで傷の手当てをされている馬車の御者、ヴィンに同行した騎士、そして道案内のクレメンスを見た。あたしと目があったんで、左足の太ももに包帯を巻かれている最中のクレメンスが口を開いた。 「俺たちは、『荒鷲(あらわし)亭(てい)』に行って、例の踊り子について聞いたんです。踊り子はそこではコルネリアって名乗ってて、荒鷲亭のマスターが住所も知ってたんで、そこへ行った。でも、そこにはいなくて。そしたら、ヴィンフリートさんが、『近所の人に聞き込みをしよう』って言って、向かったんです」 両肩に包帯を巻かれている騎士がそのあとを続けた。 「コルネリアは、そこのアパートメントには、ここ何日も帰ってないということでした。一応、人相(にんそう)風体(ふうてい)を確認したところ、ウンディーネである可能性が高く、近所の人たちが知る限りの立ち回り先を我々も当たったのです。ですが、結局、見つけることは出来ず、今日のところは引き上げようとなりました。その帰り……」 御者のおじさんが言った。 「林の中の道を走っている時、突然、何者かの襲撃で馬が倒れました。その際、私は投げ出され、右腕を痛めてしまいました。何事かとヴィンフリート様、そしてお二人が馬車の外に出て様子をうかがったのです。私は、馬車の影に隠れていましたので、そのあとどうなったか……」 クレメンスが言った。 「林の中で影が動いていたのを見つけたんで、三人で向かったんですけど、まず一番に、俺の左脚に短剣が飛んできて。薄暗くて、おまけに林の中だっていうのに、正確に俺の脚に刺さって……。申し訳ない、武芸しか出来ないとか言いながら、真っ先に脱落してしまいました」 騎士が申し訳なさそうに、続けた。 「私は、やはり、どこからか飛んできた金属の棒でまず右肩を貫かれ、続けざまに左肩をやられたのです。なのでヴィンフリート様には、我々を置いてでも逃げてくださいと伝えたのですが、そのまま林の奥へ。本当なら、ヴィンフリート様の盾になるべきこの体でしたが。……言い訳になりますが、今思えば、体が麻痺したかのように動けなかったのです」 頷き、クレメンスが言った。 「かすかだけど、オレンジのような、レモンのような匂いがしてて、俺も体がしびれたみたいになって……。申し訳ありません」 オレンジのような香り。そうか、サラマンダーか。これはもう、ウンディーネとサラマンダーは連携してるって考えた方がいいわね。 騎士が言う。 「体が動くようになって、ヴィンフリート様をお捜しして。そして……」 うなだれた騎士を見て、あたしはヴィンフリートの亡骸(なきがら)を見た。 まるで眠ってるみたい。あいつらの狙いはあたしなのに。きっと、あたしを護る人は、ヤツらにとって邪魔者。その中でも、家族であるヴィンを殺せば、あたしに精神的ダメージを与えることが出来るから、それに、多分、あの謎の騎士の正体はヴィン、あいつらはそのことを、なにかで知ったのね。だから、ヴィンを殺した。 あたしはヴィンの亡骸に取りすがって、泣いた。声を上げて、ワンワン泣いた。
少しして、顔を上げる。その時に、あたしは、変なことに気づいた。 騎士(ナイト)や女性騎士(デイム)、メイドさんたち、そして使用人さんたちが集まってて、泣いてたんだけど、それは全員じゃなくて、泣いていない人たちもいた。そのことは別段、不思議じゃない。そんなのはよくあること。でも、泣いてない人たちの中に、妙に冷めた顔の人たちもいたんだ。
そして、最大の変な……ううん、異常なこと。
お父様とお母様が、泣いてないんだ。確かに悲しそうな顔ではあるんだけど、一滴の涙も流れてない。確か、あたしがアメリアとの決闘をして勝った時、お母様、あたしのことをものすごく気遣ってた。 なのに、今は息子が死んだというのに、どこか冷めてる。それは気丈に振る舞っている、というのは明らかに違う。 あたし、表面的なヴィンとの交流は数日だけど、何度かループをして、ヴィンにすっかり親近感を覚えてるのに。 あたし以上に長い時間を一緒に過ごしているはずの家族が、なぜこんな冷たい態度なの?
これ、絶対におかしい。 一体、どういうことなの?
余談:クレメンスは刺し傷に焼きゴテを「ジュッ!」。
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