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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第5回   既視感(デジャ・ブ)
 真っ暗な中に、一人の若い女性がいる。そして、その女性を、白い薄煙(うすけむり)が取り巻いていた。
 輝くような長い赤毛に、エメラルドをはめ込んだような双眸(そうぼう)。そして、額には金色のサークレット。そのサークレットの中央には、「目」を模したようなフレームがあり、その中のアメジストが妖しい光を放っている。
 首飾りがあって、そのトップは翼を開いた鳥のようだ。

‘誰? あなたは、誰なの?’

 そう問うけれど、返事はない。
 女性はあたしの問いとは関係のないことを言った。

‘それで、あなたはどうしたらいいと思うの?’

‘え? なに? なんのこと?’

 女性の言葉の意味がわからないまま、やがて、あたしの意識は遠のいていった……。



「アストリット・フォン・シーレンベック、今ここでお前に婚約の破棄を言い渡す!」
「…………え?」
 あたしは唖然(あぜん)となった。
「今、なんて言ったの?」
 相手がムッとなり、苦虫をかみつぶしたような表情で言った。
「二度も言わせるのか。……まあ、いいだろう。アストリット・フォン・シーレンベック、今この場で、この私、ハインリヒ・フォン・フォルバッハとお前との婚約を破棄する! そして、この場で宣言する! 私はここにいるグートルーン・フォン・リヒテンベルクを妻とする!」
「…………」
 あたしは言葉もなく、ただただ立ちつくしていた。

 ていうか。

 このシーン、どこかで見たっていうか。
 ここは、舞踏会の真っ最中といった雰囲気の場所。周囲には、あたしのような貴婦人や、正装に身を包んだ男性が、大勢いる。
 この場所にも覚えがある。
 ちょっとして、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた、多分、あたしと同い年ぐらいの女性が現れた。ピンク色の派手なドレスを着飾って、手には豪華な扇を持っている。ハインリヒが言った。
「アストリット、君は確かに高貴な女性なのだろう。だが、それが、逆に君の品位を下劣なものにしているのだ! 君と婚約した一年前は、こうではなかった。君の微笑みは人々を和(なご)ませるものではなく、誰かを見下すものになってしまったのだ!」
 そして、グートルーンという女性を見る。
「彼女も、高貴な生まれだ。だが、君のように、決して誰かを見下したりはしていない。私はそこに惹(ひ)かれたのだ」
 えーと。これ、デジャブってやつかしら? まったく同じ光景、同じ言葉。一体これは……。
 何が何だかわからないでいると、ボーイソプラノっぽい、ハスキーな男の子の声がした。
「貴様! 姉上に、いや我がシーレンベックの家門に対して、無礼であろう!」
 振り返ると、そこにいたのは輝くような金髪の少年。中性的な顔立ちの美少年だ。えーっと、確か、ヴィンフリートだっけ、弟の?
 少年がちょっとあたしを見てから、キッとハインリヒを見て、おもむろに上着から白い手袋を出すと、ハインリヒの足下(あしもと)に投げつけた。
「サー・ハインリヒ! 僕は今、この場でお前に決闘を申し込む! だが、剣の腕は僕の方が上だ、だから、期日はお前に決めさせてやる! 一週間以内に期日を決め、知らせに来るがいい。……我が国の習わしにのっとり、命までは取らぬ。だが、お前とグートルーン嬢との婚礼の儀で、お前は腕を吊り、脚を引きずりながら宣誓書を読むことになるであろう。……さあ、姉上、シーレンベック領に帰りましょう。ヤツと同じ空間で、空気を吸うなど、不潔の極み!」
 そして、少年はあたしの腕を取り、引きずるようにその場を去って行った。


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