あたしはクレメンスに護衛は間に合っていることを説明した。 「ね? ここには騎士が一杯いるから、あたしの護衛は大丈夫なの、気持ちはうれしいけど」 クレメンスは、なんだか泣きそうな顔で「そこをなんとか〜」なんて言ってる。要するに路銀がないのが問題なわけだから。 「ねえ、ヴィン、お屋敷で何かお手伝いとか、ないかな?」 「そう言われましても、人手は足りていますし。街の職業(しょくぎょう)斡旋(あっせん)所(じょ)へ行ってくれとしか」 ヴィンも困った顔になる。 「やっぱり、そうよね」 と、あたしはクレメンスを見る。 「でも、俺、武芸以外、何にも出来ないんですよ〜」 あー、あるある、そういうの。一つのスキルを極めた人とか、何か突出した技能を持ってる人って、他のこと、なんにも出来なかったりするのよねえ。 何か思い出したようにヴィンが言った。 「じゃあ、そういう仕事を斡旋するところへ、僕が案内しますよ。周辺の町や村の中には、自警組織のないところもありますので」 クレメンスの顔が、パァッと明るくなる。 「助かります〜!」 そして、ヴィンは出かける支度で部屋に戻った。 「お嬢さま」 「? なに、クレメンス?」 「今日、お嬢さまを殺そうとしてた女なんですけど」 「うん」 「どぉ〜も見覚えがあるんですわ〜。人違いかも知れないけど」 「…………ええ〜ッ!? マジで!?」 あたしが大声になったんで、ドアを開けてガブリエラが飛び込んできた。 「どうかなさいましたか、お嬢さま!?」 すでに剣を抜いてた。 「あ、ごめん、驚かせちゃって。えとね、クレメンスが、ウンディーネのこと、見覚えがあるんだって!」 「なに!? それは本当か!?」 剣を抜いた状態でガブリエラが迫ったんで、裏返った声を上げてクレメンスがのけぞった。 「ああ、すまん……」 ガブリエラが、バツが悪そうに剣を下げる。 「で? どこで見たの?」 あたしが聞くと、クレメンスが記憶を手繰るように天井を見て言った。 「ここの東に、ノルデンっていう街がありますよね」 ガブリエラが頷いた。 「ああ、当領地の庇護下にある街だ。林を抜けたところにあるな」 「そこの『荒鷲(あらわし)亭(てい)』っていう酒場の踊り子に、似てる気がするんですよねえ」 「間違いないか?」 いつの間にか、ガブリエラの口調は、詰問(きつもん)するようなものになっていた。いやあ、犯罪者の取り調べじゃないんだからさ、もうちょっとソフトにいこうよ。 「クレメンス、間違いないのね?」 「多分。俺、あの街には四日ほどいて、毎晩、あの酒場でメシ食ってたから。綺麗だったから、よく覚えてるんだ。で、そこから南に下って、あちこちの街やら行ってるうちに、路銀が心(こころ)許(もと)なくなって。闘技場で稼ごうにも、腹が減って勝負にならなくて……。で、ふらふらと旅を続けて、街道から外れたところで、野生の動物を狩ったりして……。でも、いつもうまくいくわけじゃなくて……」 「うん、話、それてきてるね」 あたしがそう言ったとき、応接室にヴィンが入ってきた。なので、あたしは今の話を展開する。ヴィンも、クレメンスに確認した。 応接室にあるアンティークっぽい柱時計を見て、ヴィンは言った。 「今から馬車で行けば、夕餉(ゆうげ)までに帰ってこられますね。……うん、手の空いた騎士を連れて、その酒場へ行ってみましょう。うまくすれば、ウンディーネの“ねぐら”がわかるかも。すみません、クレメンス、職業斡旋所は、明日でもいいですか? あなたには、道案内で同行していただきたいので。もちろん、今夜はお屋敷に逗留してください。父上には、僕から話します」 「いいですよ。ていうか、助かります〜」 クレメンスは笑顔で頷いた。 ヴィンは一人の騎士を連れ、クレメンスを同行させて出発した。
そしてその夜、ヴィンは帰ってこなかった……。
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