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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第48回   いや、そんなこと言われても……
 あの船は物資輸送用の船だった。荷馬車に積むのには大きすぎるとか、多すぎる、重すぎる荷物があるっていう場合に使われるらしい。ただ、大きい水路でないと使えないし、他の国との輸出入にも使われるっていうことだから、頻繁には使用されないんだって。
 それはそうと、あたしを助けてくれた少年はクレメンスと名乗り、王国の一番東にあるライマン伯爵領の庇護下にある、ブランケンハイムという街から、王国の南回りの街道を通って北の海を越え、エリン島へ行く途中だと言った。
 あたしたちは、まだ例の通りにいて、お行儀悪いけど建物を背にして座り込んでた。だって、クレメンスが腹ぺこで動けない、って言うんだもん。だから、パン屋さんでパンと、肉屋さんで燻製(くんせい)肉と、酒屋さんでブドウ酒を買ってきて、クレメンスにお礼したんだ。
 ガブリエラが聞いた。
「エリン島というと、大陸では失われてしまったセイズが、未(いま)だ残るといわれているな?」
 パクついたパンを飲み込んで、クレメンスが頷く。
「ええ。俺はそのセイズを学びたくて。あと武者修行とか。ところで、お三人さん、どうして、俺とそんな距離、取ってるんですか?」
 あたしは手をヒラヒラさせて答えた。
「ああ、深い意味はないのよ、深い意味は! 気にしないで?」
 ……ごめん、なんていうか、生ゴミの中を通ってきたようなニオイが、君からするのよ。
 ガブリエラが、興味深そうに聞いた。
「武者修行ということだが?」
「ええ。各地の公営闘技場で闘ったりしましたね、私設闘技場だと、敗北イコール死になっちゃう怖れがあるんで。そうそう、いろいろな武器を使って、結構、いい成績を収めたりしたんですよ」
「いろいろな武器?」と聞いたガブリエラに頷き、クレメンスは自分の装備を見せる。丸い盾(「サークルシールド」というそうだ)に腰には剣、短剣、袋の中には、金槌みたいなヤツとか模様を刻んだ棒とか斧とか(ガブリエラに聞いたら、ウォーハンマー、クウォータースタッフ、バトルアクス、だって)。あと、見たこともない武器もあった。小っちゃい盾みたいなものの上下に、湾曲した長い突起がついたもの。あたしが不思議そうに見てたからだろう、クレメンスが笑顔で応える。
「ああ、これは鉤鑲(コウシアン)という防具です。盾の部分で攻撃を防ぎつつ、上下の突起を相手の、武器を持った手首に引っかけて相手に隙を作るんです。さっき使ったのは縄鏢(ションピアオ)という武器で、長いロープの先に、短剣のようなものを着けて、遠くの敵を狙うんです。どっちも東方のMing(ミン)という国のものなんですよ」
 ガブリエラも珍しそうに、二つの武器と防具を見ている。
「ねえ、さっき言ってたセイズ、ってなに?」
 あたしはクレメンスに聞く。
 燻製肉を口と手で引きちぎって、咀嚼しながらクレメンスは答える。
「ああ、しょれは……」
 肉を飲み込んで、クレメンスは続ける。
「大昔、この大陸にも存在した『詩』という形式を取った魔術ですよ」
「へえ、魔術なんだ」
 いってみれば、魔法かな? よくわからないけど?
 そのあとをガブリエラが継いだ。
「主に女性が行使していたそうで、日常生活から戦(いくさ)まで幅広く使われていたんだとか」
 ブドウ酒をラッパ飲みして、クレメンスは何だか意味あり気に言った。
「その中に『巫女(みこ)の予言(よげん)』というものがあります。巫女が偉大なる神オージンに語って聞かせる予言です。これが有名なラグナロクです。『神々の死と滅亡の運命』ですよ」
「あ、それ知ってる! 『神々の黄昏(たそがれ)』ってやつね!」
 ラグナロクは、あたしの元いた世界でも有名だもの!
 クレメンスはちょっと驚いたようになって言った。
「へえ、『神々の黄昏』ですか。とても詩的で素敵な表現ですね。さすが、領主様のお嬢さまともなると、教養とセンスが違う」
「え? そういう言い方しないの?」
 あたしはクレメンスやハンナ、ガブリエラを見た。クレメンスは頷き、ハンナもガブリエラも、口々に「初めて聞きました」なんて言ってる。
 なるほど、これってあたしがいた世界と、この世界との微妙な違いってヤツね?

 パンと燻製肉、ブドウ酒を平らげて、クレメンスがあたしに言った。
「実は、お願いがあるのですが」
「お願い? なに、それ?」
 クレメンスはあぐらのままこちらを向き、背筋をピン!とさせて言った。
「俺を、護衛役に雇ってください!」
「ええっ!?」
「狙われてるんでしょ?」
「ま、まあ、そうだけど……」
「じゃあ、警護は一人でも多い方がいい」
「いや、そう言われても……」
 クレメンスは頭を下げた。
「お願いします! 路銀が尽きて、もう三日、野宿で何も食ってないんです! お願いします!」
 あたしは、ハンナ、ガブリエラと顔を見合わせた。二人とも困惑してた。
やっぱ、有能な弟だわ


 結局、あたしたちはクレメンスを連れてお屋敷に帰った。……距離を置いて。やっぱり、ニオイが、ね。
 で、お屋敷に着くと、メイドさんたちが一斉に鼻を押さえて距離を置いて。あたしが事情を話したら、すぐにお風呂を用意してくれて、クレメンスをそこに、ぶち込んだ……もとい、連れて行った。
 もうヴィンは帰ってきてて、あたしが応接室へ連れて行って事情を話すと、ちょっと難しい顔をして言った。
「姉上、十分用心してください。サラマンダーについてはその素性はわかってないんです。彼がサラマンダーではないという保障はないんですよ?」
「わかってるって。でも一応、命の恩人だから、無下には出来ないし。お風呂から出たら、お礼のお金と食料を渡して、出て行ってもらうつもり」
 ドアがノックされて、ガブリエラだったんで、入室を許可した。一礼して、ガブリエラが言う。
「クレメンスの入浴中、その着衣、及び荷物を検査しましたが、弓矢、クロスボウに類するものは所持しておりませんでした。念のため、騎士数名をクレメンスがいた辺りに行かせて、同様の武器を隠していないか調査させると、トラウトマン警護長からの上申です」
 ヴィンが頷く。
 ガブリエラが応接室を出て行ったあと、ヴィンがちょっと考えてから、あたしに言った。
「ガブリエラが持ち帰った、例の矢ですが」
 あのあと、ガブリエラがこっちに飛んできた矢を拾って帰った。あたしのいた世界だったら、科捜研とかで徹底的に調べたら持ち主とかわかるんだろうけど、ここじゃあ、さすがにね。でも、かなり変わった矢だから、ひょっとしたらどこかの工房のマイスター辺りに聞けば、何かわかるんじゃないかって、ガブリエラが言ってた。
「うん。何かわかりそう?」
「自作したのであればお手上げですが、もしどこかの工房で作製したものであれば、発注した者がわかりますから、サラマンダーのことがわかるかも知れません。今、フランクに領内の工房を当たらせています」
 すごい、仕事が早いわ、この子! あたしの弟とは思えない! ……いや、あたしの弟じゃないし、多分、女の子?だし。
 フランクさんっていうのは、お屋敷にいる執事の一人。最年少の人で、なんか、こういう連絡役とかでよく出張してる人、らしい。あまり顔を合わせたことがないから、よくわかんないけど。
「ただ」と、ヴィンが難しい顔をする。
「ただ……、何?」
「かなりの報酬で口止めしている可能性もありますし、場合によってはモグリの工房ということも考えられますから、なんとも」
「モグリの工房、なんてものがあるの?」
「ええ。商人が宝飾品などを偽造させるために、自宅に作っているケースがあるんです」
「なるほどねえ」
 その時、ドアがノックされた。入室を許可すると、ハンナに連れられて、クレメンスが入ってきた。
 ヴィンは笑顔でクレメンスを迎える。
「あなたがクレメンスさんですか。この度(たび)は、姉上を助けていただき、有り難うございました」
「いやあ、お嬢さまにも言ったンだけどもさ、困った人を見たら助けろってのが、死んだじいちゃんの遺言でさ」
 クレメンスも笑顔で応える。
 ヴィンが握手を求めてクレメンスに近づいた時だった。
 一瞬だけど、ヴィンの眉がピクリと動いた。でも、すぐ何事もなかったように、クレメンスと握手を交わした。
 何だったのかな、一瞬の、あの“間”は?

 時は遡り、前夜。
 料理長エックハルトはメイド長ヘルミーナの部屋に行った。
「大事な話とはなんですか、エックハルト料理長?」
 この人は、いつ見ても不機嫌そうだと思いながら、エックハルトは言った。
「はい。どうも、食材が何者かにかすめ取られている形跡があります」
「食材が?」
「はい。パンや野菜、干し肉、チーズ、ブドウ酒など、わずかずつですが、減っていっているのです」
 ヘルミーナメイド長は眉間にしわを寄せ、鼻から息を吐いて言った。
「どうせ、誰かがつまみ食いをしているのでしょ?」
「私もそう思いましたので、食料庫とワイン倉の鍵を付け替え、私だけがその鍵を所持したのですが、それでも減っているのです」
 一層、難しい顔をして、ヘルミーナメイド長は言った。
「具体的には、どの程度、減っているのですか?」
 エックハルトは分量を伝え、「現時点で、ひと一人の一日分の食事量、およそ一週間分に相当する」ことを付け加えた。
「そうですか。ご主人様には、このことは?」
「まだ、ご報告しておりません」
「よろしい。このことは私から伝えます。あなたは引き続き、監視を」
「はい」
 そして、下がろうとした時。
「エックハルト料理長」
「はい?」
「あなたに対する処分が寛大なものになるよう、私から口添えしておきます」
 これは、自分に対して恩を売っているのか、それとも領主からの信任が厚いのだということを誇示したいのか。
 多分、両方だと思いながら、エックハルトは一礼して、部屋を出た。


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