「ねえ、ハンナ、昨日はああいう打ち合わせやったけど、本当に大丈夫?」 あたしはハンナとガブリエラを連れて、街の、とある通りを歩いていた。昨日のミーティングでいろいろ詰めた結果、街の通りで、比較的、人出があり、なおかつ飛び道具を警戒できるところ。つまり。 領内に設けられた水路のうち、もっとも水路幅の広い通りを歩いていた。それも水路の反対側の建物に沿うようにして。これなら一人が建物をチェックすれば、襲撃者がわかるし、飛び道具もチェックできる。仮に水路を利用しようとしても、こちらから丸見え。もちろん、ヴィンの発案。あの子、頭いいわ。でも、当のヴィンは、今日は剣のお稽古で、ここにはいない。 ハンナが笑顔で言った。 「大丈夫ですよ。ヴィンフリート様も仰(おっしゃ)っていたように、事実上、水路からの襲撃は不可能です。建物側だけを警戒していれば」 「いや、そうじゃなくてね」 「?」 「相手……ウンディーネやサラマンダーも、同じことを考えて、警戒するんじゃないか、ってこと」 あたしの疑問には、ガブリエラが答えた。 「もちろん、そうなるでしょう。ですが、このような通りだけを通るようにしていれば、相手も何者かから依頼された身、襲撃せざるを得なくなります」 「そう、うまくいくかなあ?」 あたしがそう言いながら水路を見たときだった。 「……ン? 今、何か光ったような……」 そう思った瞬間、風を切る音がして、なにかが飛んできた。 「わわ!」 あたしは、飛んできた「それ」をかわした。 ハンナが「どうかなさいましたか、お嬢さま?」と、首を傾げたけど、ガブリエラはとっさにあたしをかばった。あたしの背後の壁に、なにかがぶつかって、突き刺さった。 「お嬢さま、今のは!?」 ガブリエラがあたしの盾になりながら、周囲に目を走らせる。あたしは刺さっている「それ」を抜いた。結構、深く刺さってたんで、ちょっと力が必要だったけど。一見するとクロスボウの矢だけど、かなり短くて、しかも半分のところから切ってあって、先端は矢羽根の付いた針になってる。こんなもの、ちゃんと撃てるのかな? 「これだけど」 あたしは矢をガブリエラとハンナに見せる。 「かなり特殊な矢ですね。どこから来たんだろう?」 「えっと、水路の向こう側から」 ガブリエラとハンナが同時に「え?」と怪訝な表情をする。答えたのはハンナだ。 「この水路の幅はおよそ七十五エル(約三十メートル)。クロスボウならギリギリの有効射程です。つまり、向こう側から撃って、お嬢さまに命中させられるかどうか、というところ。だというのに、このような改造をした矢でお嬢さまのすぐ近くに矢を放ち、なおかつ煉瓦の壁に突き刺すなど、有り得ません」 「そうなんだ……」 そんな会話をしてると、また矢が飛んでくるのが見えた。 「うわ! あぶな!!」 ガブリエラを突き飛ばし、あたし自身もバックステップを踏んだ。あたしの背後にいたハンナを巻き込んで背後に跳ぶと、あたしがいた辺りの壁にまた矢が突き刺さった。 ガブリエラが剣を構え、不思議そうに言った。 「……お嬢さま、よく見えましたね、矢の飛んでくるのが。私には風を切る音しか聞こえませんでした……」 「え? そうなの? あたしには見え……、って、言ってる傍から!」 また矢が飛んできた。それをかわすと、壁に当たって、矢が刺さる。大体、どの辺りから矢を撃ってきてるかわかるけど、向こうは移動してるし、物の影に隠れるんで、何者か、ハッキリと見えない。 あたしたちは駆け出した。しかし! 「また来た!」 あたしは急制動をかけて止まる。同時に、あたしをかばうような位置にいたハンナを、引っ張る。ハンナのいた位置に、例の矢が飛んできて、壁に刺さる。 「有り難うございます、お嬢さま」 ハンナが言ったあとを、ガブリエラが続けた。 「クロスボウを連射するなど、まず考えられません! 矢をセットしておいた複数のクロスボウを、用意しているのかも!?」 ピンときて、あたしは言った。 「じゃあ、矢をつがえて用意しているクロスボウを使い切ったら、次に仕掛けてくるまで、隙が出来る!?」 「ええ! ですが!」 また矢が見えたんで、あたしはガブリエラとハンナを引っ張って逃げる。体勢を整えて、ガブリエラが言った。 「もしサラマンダーが複数人いたら!?」 「……ああ、そうか、矢を撃つのを、ローテしてたら……!」 あたしがそう言った時、ハンナが言った。 「路地に入(はい)れます!」 さっきまでは建物と建物の間が狭くて、逃げ込むことが出来なかったけど、今度は普通の道になってる。あたしたちは、その道に入る。これで、サラマンダーの攻撃が少しは難しくなるはず。ガブリエラもハンナもそう思ったようで、しばらく走って立ち止まり、一息ついて息を吐く。 ガブリエラが剣を構えつつ言った。 「とにかく、この場はやり過ごすのが得策です。向こう側へ行くには、もう少し先の橋を使わないと」 「橋があるの?」 ハンナも頷く。 「ええ。この水路には、何本か橋が架かってるんですが、このもう少し先に……」 と、ハンナが斜め上を指さして、その動きが止まる。なんだろうと、あたし、そしてガブリエラが見ると。 「あら? 見つかっちゃったわ」 そこには、建物の三階の窓枠に腰掛け、イタズラっぽく笑ったウンディーネがいた。
……もはやストーカーだな、こいつら……。
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