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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第43回   選帝侯たちの結論
 突然の声に、一同が辺りを見回すも、声の主は見つからない。今の声は確かに若い女のものだ。だが、ここに女はいないのだ。それに。
「今の声、フォン・マイスナーの……」
 そう呟いたのは、ベネディクトか?
 シュテファンが訝しげに「まさか?」と言った時。
『我が家門に攻め入る、それが結論かと、聞いているのです』
 また、声がした。どうやら、天井辺りからのようだが、そこに潜んでいるとでもいうのだろうか?
 皆が無言でいると、秘密の会議室に使っている別宅が揺れ始めた。思わずルッツは、
「地震だ!」
 と叫ぶ。そして椅子から立ち上がったが、すぐに揺れは止まる。何だろうと辺りを見ていると、また声がした。
『あなた方の結論、しかと承りました』
 四方の壁から。
『では、少しばかり、罰を受けていただきましょう』
 ミヒャエルが青い顔で、辺りを見ながら「罰、だと?」と呟く。その直後。
 建物全体から、立木の枝打ち作業にも似た、何かを打つような音、それに続き耳障りな軋むような音。音の正体はすぐにわかった。枝打ちのような音は、柱が折れる音、耳障りな軋む音は、部屋が圧縮されて小さくなっていく音だ。
 皆が悲鳴を上げ、その場に止まる。部屋を出たくとも、壁自体がこちらに迫ってくるのだ。
 天井が下がり、壁が迫る中、シュテファンが叫んだ。
「すまなかった! 先の言は取り消す!」
 だが、それでも壁と天井は迫り来る。
 次にはミヒャエルが叫んだ。
「攻め込むと言ったのは、カッセル泊だ! 彼一人だ!」
 狼狽したように、アルベルトが言う。
「なにを!? 貴公らも同調したではないか!」
 ルッツも叫んだ。
「とにかく、我らの非は認める! だから、助けてくれ!」
 すでに中腰にならねばならないほど、天井が潰れながら下りてきていた。
 グスタフがなにかに気づいたように、言った。
「おお、そもそもこの会合をもうけようと言い出したのは、小カレンベルク侯だ! 我らは、それに乗っただけ! いわば、選帝侯としての礼儀を果たしたまで!」
 思わず、ルッツは叫んだ。
「な、何を!?」
 声が裏返っていた。
 ベネディクトも同調する。
「そうだ! あの者がこのような場をもうけた。ただ、それだけだ!」
 皆も口々にルッツの非をあげつらう。頭の中が真っ白になったルッツは、何か反論したいが、言葉が出てこない。胸にあるのは、他の選帝侯たちの薄汚れた保身、本心、それに対する怒りと情けなさ。わかっていたことではあったが、実際にその腹の内をぶちまけられると、今すぐ殺したくなる。
 突然、壁や天井の動きが止まった。ルッツたちは、ほとんど四つん這い状態だ。屋敷を構成していた材木や煉瓦などが、空間を占め今にも中の者を押し潰さんとしている。
『このぐらいにしておいてあげますわ。いかがですか、我がマイスナー家に対する襲撃の相談、まだお続けに?』
 皆、何も答えない。だが、選帝侯の筆頭はヴィッテンベルクだ。一同の視線を受け、険しい表情でシュテファンが答えた。
「……心にもない妄言であった。申し訳ない」
 次の瞬間、かすかにアンゲリカの笑いが聞こえた。そして。
『それでは、力関係についてはご理解いただけた、ということで宜しいですか?』
 シュテファンが「ああ」と答える。
『私の申し出も、拒絶あそばした、ということですね?』
「いや、それについては我々の方にも……」
『今さらですわよ?』
 シュテファンに対して、ピシャリと言った言葉に、皆、何も言えない。このような会合に集まった時点で、アンゲリカの申し出を断った、と見なされても仕方がないのだ。
『それでは、申し伝えます。明日(みょうにち)零(れい)時(じ)をもって、現行の選帝侯制度は廃止、同時刻から選帝の権利はフォン・マイスナーが独占するものとします』
 その言葉に、ルッツは言葉を絞り出す。
「な、……き、貴様、どういうつもりだ!? 二百年も続く伝統を、壊すとは……!」
 そのあとをベネディクトが続ける。
「そのような横暴が、通るとでも!? キサマ、何様のつもり……!」
 言葉が途中で途切れ、カエルの悲鳴にも似た声がした。
「わ、わかった……」
 苦しげなベネディクトの声がした。
 どうやら、選択の余地はないようだ。
『皆様、ご納得のことと。宜しいですわね?』
 一同、しぶしぶ受諾(じゅだく)する。アルベルトが小さく「あやつ、最初からこれが狙いで、あのようなことを……」と呟くのが聞こえた。そうかも知れない。こちらがすぐには受け入れないだろうことを予想して、「世界の盟主」のようなことを言ったのではないか?
『それでは後日、正式に書類をお持ちいたします。皆様の英断に感謝いたしますわ』
 その言葉が終わると、ルッツたちを押しつぶしていたガレキが、見えざる力によって、どけられていく。体が軽くなったと思ったら、小カレンベルク家の使用人だけでなく、諸侯に付き添ってきた従者たちの、こちらを気遣う声が近づいてきた。


「終わりましたわ、お父様。ユミルの眼、耳、口、そして手から逃れられる者は、この世界には、おりません」
「そうか。では、次の段階だな」
「ええ」
 と、アンゲリカは岩肌に磔(はりつけ)になったかのような巨人を見上げる。
「この国のどこかに眠る、ユミルの心臓と脳髄を押さえないと」
 父レオポルトが頷く。
「王をこちらの手中に押さえられれば、心ゆくまで国内の捜索に当たることが出来るな」
 アンゲリカの視線を受ける巨人ユミルは、まるで眠りについているかのようだった。

 骸(むくろ)などではなく、午睡(ごすい)に入っているだけのように。


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