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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第42回   選帝侯たちの密談
 邸宅にいて、ルッツ・フォン・カレンベルクは憤懣(ふんまん)やる方ない仕草で、執務室の中をせわしなく歩き回っていた。
 見かねた長男・ オットーがソファに背をあずけ、足を組んで言った。
「落ち着いてください、父上」
「これが落ち着いてなど、いられるものか! この私が! カレンベルクの当主たる、この私が、何故(なにゆえ)あのような小娘に侮られ、軽んじられねばならんのだ!」
 つまりは、ほかの選帝侯(クルフルスト)たちがいる中で恥をかかされたことが許せない、ということだ。
 不意に立ち止まり、ルッツは鼻から荒々しく息を吹き出す。
「それに、あやつは旧約を侮辱したのだ! 何が、大洪水はエッダから引き写したもの、だ! あの小娘こそ、失楽園を演出したヘビに相違あるまい! そうだ、人に忌み嫌われ地を這いつくばり、埃(ほこり)を喰らって生きるのが、あやつにふさわしいのだ!」
 そろそろ話がそれてきた。
「父上、例の申し出について、我がカレンベルク家としてどのように動くのか、お考えをお聞かせいただきたい。父上に一任された以上、父上の判断が我が一族の命運を決めると言っても、過言ではありませんよ?」
「うーむ」と唸り、またルッツはぐるぐると歩き回る。ため息をつき、オットーは言う。
「父上の度量に余ることであれば、親族会議を招集なさってはどうですか?」
 一度立ち止まり、再び「うーむ」と唸ってグルグル。
「わかりました、こうしましょう」
 と、オットーは立ち上がった。ルッツは立ち止まる。
「フォン・マイスナーに知られぬよう、選帝侯(せんていこう)諸侯に連絡を取りましょう。そして秘密裏に会合を持つのです。その時に、諸侯の意思を統一するも良し、様々な考えを出してもらって、たたき台にするも良し。いかがですか、父上?」
「う、うむ。それでよい、それでいこうではないか」
 ルッツの顔が明るくなる。ルッツは四十四歳、オットーは二十歳。
 どちらが親か、わからなかった。

 かくして、三日後の深夜、会合の発起人であるフォン・カレンベルクの屋敷に、諸侯の当主が集まった。
 ヴィッテンベルク公シュテファン……五十七歳、威厳ある男、ザルツブルク公ベネディクト……四十一歳、眼鏡をかけた禿頭の鋭い印象の男、大カレンベルク公グスタフ……五十二歳、恰幅(かっぷく)のいい男、ブランデンブルク伯ミヒャエル……四十七歳、優男(やさおとこ)、カッセル伯アルベルト……五十七歳、白髪でいかにも好好爺(こうこうや)然とした男、発起人たる小カレンベルク侯ルッツである。
 グスタフがまず、口火を切った。
「あの小娘の言葉、皆はどう見る?」
 蓄えた白いあごひげをさすりつつ、アルベルトが言った。
「我らで世界の盟主を決める選帝侯になる。そのまま解釈すれば、世界制覇に手を貸せ、となるが?」
「愚かなことだ」と、ベネディクトが言う。
「東方にはMing(ミン)という広大な国家がある。そのような国を相手に戦争を起こせば、その年月(としつき)は百年戦争の比ではないわ」
 ミヒャエルが「フン」と面白くもなさそうに、鼻を鳴らして言った。
「現実が見えてはおらんのだ、あの娘は。確かに、なにがしかの手品を心得ているようだが、その手品で世界を制覇できるなら、フルダで処刑された、魔女のメルガ・ビーンや、カスティリア王国のエルヴィラなどは、天界や地獄ですら支配できるであろうよ」
 ルッツがミヒャエルを見て言う、なるべく怒りを抑えて。
「魔女が天界を支配するなど、口が過ぎますぞ、ブランデンブルク伯」
 その言葉に、ミヒャエルは肩をすくめ、涼しい笑みで答える。
「おっと、これは失礼?」
 明らかにこちらを見下した態度だが、この場はルッツは呑み込んだ。
 シュテファンがルッツを見て言った。
「小カレンベルク侯、貴公はどう思うのだ?」
「同じですな。あの小娘の世迷い言に乗ってはなりません」
 頷き、シュテファンは結論づけるように言った。
「我らの意思は統一されたものと考える。そこでだ。フォン・マイスナーに、娘の妄言に対する責任を取らせるべきと思うが、どうか?」
 ベネディクトが問う。
「責任、とは?」
 シュテファンが目を鋭くして言った。
「『ユミル』の引き渡しだ」
 一同が息を呑む。ルッツも驚いて、すぐには言葉が出ない。
 ベネディクトが、どうにか、といった調子で言葉を出した。
「貴公の意図が、読めない。どういうことなのだ?」
 シュテファンがニヤリとする。
「あのユミルが、どの程度のものか、まではわからぬが。国家間戦争とまではいかずとも、対人あるいは対組織での交渉では、随分と重宝するのではないか?」
 なるほど、とルッツも思わないでもない。だが、同時にあの時の屈辱が思い出され、すぐには言葉が出ない。
「なるほど」と、小さな声で言ったのは、ミヒャエルだ。「他国との交渉ごとで、こちらの優位に持って行けるという訳ですな」
 その呟きを聞き取ったシュテファンは頷く。
「そうだ。なにも剣をもって騎士を送り込むだけが戦争ではない。外交で敵を畏怖せしめるもまた、戦争」
 アルベルトが白いひげをさすりながら言った。
「ほうほう。それは良いことですなあ。では」と、その表情が昏(くら)い悦びを見つけた悪魔の使いの笑みのようになった。
「こちらから黙って押しかけ、有無を言わさぬうちがよかろうぞ?」
 一同が顔を見合わせ、誰からともなく頷き合った時。



『お話し合いの結論が出たと思っても、よろしくて?』


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