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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第40回   イグドラシルの秘法
 夕食のテーブルに、あたし、ヴィン、そしてお父様とお母様がついた。メイドがお食事の載ったワゴンを押してくるのを手で制して、あたしは言った。
「お父様、お食事の前に、ご相談したいことがあるのですが?」
 お父様があたしを見て「どうしたのだ?」と聞いてくる。
「実は……。ハンナ、ハンナは来ているわね?」
 あたしの声に、厨房で作られたお料理を一時的に置いておく、控えの間からハンナが現れた。あたしは、ハンナから申し出のあった、危険手当について話す。
 本当なら、別に時間を取るべきなのだけど、ハンナがヘルミーナさんを飛び越えて、直接お父様にお話を持っていく訳にはいかない。あの人がこういう話、認める訳ないもんね。だから、あたしを通して家族が揃うこの時間に、っていう変化球を使うことにしたんだ。

 お風呂もすませ、あたしはベッドに腰掛けた。
「さて、と。ハンナも危険手当が認められたから、あたしのことをちゃんと護ってくれるでしょうし。となると、ちょっと気になることを確かめておきたいわね」
 確認しておきたいこと。それは。
「ヴィンが女の子かどうか、ってことよねえ。一番確実なのは、お風呂覗くことだけど。まあ、不可能だわ、メイドさんとかもいるし」
 正直なところ、謎の騎士とヴィンとが同一人物かどうか、っていうのはもうどうでもよくなっててね、今のあたしの興味は、もっぱら「ヴィンが女の子ちゃんかどうか」なのだわ。
 ということは、この前みたく、うっかりを装ってドア開けて。


「わっ、姉上!?」
「ご、ごめん、ヴィン!? お着替えの最中だったのね!? ……ていうか、あなた、その胸……!」
「こ、これには深い訳があって……!」


 …………。

 痴女か、あたしは……。


 ハインリヒは、その夜、自室で魔導書に目を通していた。
“我が高祖母(こうそぼ)は、フォン・マイスナー公爵家より、我が家に嫁(か)してきた。詳しくはわからないが、なんらかの「密約」だったという。そして、高祖母は、紛(まご)う方(かた)なき魔女であった。高祖母が持参した写本群に、何かヒントはないか”
 ページをめくっていると、ドアがノックされた。
『坊ちゃま、フェリクスです。お茶をお持ちいたしました』
 ふと、柱時計に目をやる。知らぬ間に、思いのほか時間が経っていたようだ。入室を許可すると、フェリクスとメイドが一人、入ってきた。ワゴンを押してきたメイドに下がるように言うと、フェリクスはポットからのお湯をティーサーバーに注ぐ。
「あまり、根を詰められるのは、いかがなものでしょうか?」
 フェリクスの言葉に、両の目頭を押さえながらハインリヒは応える。
「そうだな。だが、高祖母の縁者がシーレンベックの家に、写本とともに嫁いでいるのは、間違いない。アストリットに『イグドラシルの秘法』が施されていることから、それは疑いようがないだろう。となると、急がないとならない」
「急ぐ、とは?」
 フェリクスが尋ねる。
「たとえ不慮の死を遂げようと、アストリットはこの秘法により、よみがえる。ただし、よみがえるのは、死んだ時点から数えて一年未満の時点、そのどこかだ。そして『イグドラシルの秘法』には、恐るべき反作用がある」
「反作用……?」
 頷き、ハインリヒは答える。
「よみがえるのに巻き戻った時間、その倍の時間が、秘法を施された者の余命(よめい)から差し引かれる。私も正確には把握できないが、アストリットは少なくとも二十回近く、よみがえっている。巻き戻った時間にもよるが、もう、彼女には、さほど時間が残されていないかも知れない」
「なんと……!」
 戦慄の響きが、フェリクスの声に乗る。庶民の者の平均寿命が五十年から五十五年、それより栄養状態の良い貴族でさえ、七十年生きれば、長老だ。
「おまけに、この数回、彼女には別の秘法、『魂寄(たまよせ)の法』によって、どこかの誰かの魂が呼び入れられている。なぜそんなことをしたのか、その理由はわからないが、呼び入れられた魂からしたら、迷惑な話だろう」
「確かにそうですな。訳のわからぬ状況に、呼び込まれておるわけですし。いやはや、私めにもまったく理解が追いつきません」
 頷き、ハインリヒは言った。
「まあ、そっちについては問題ない。仮にアストリットの意識や記憶と同化していても、強制的に自身の記憶を取り戻すことが出来るようにすることができる」
「ほう、それは?」
 フェリクスの問いにニヤリとして、ハインリヒは言う。
「衆目の前で、衝撃的な一言をぶつけてやるのさ、『お前との婚約を破棄する』ってね。そうすれば、影響を与えているアストリットの意識の支配が断絶する」
 ため息をついて、フェリクスは言った。
「坊ちゃま、くれぐれも病床に伏していらっしゃる奥様の耳には、このフェリクス、そのお耳に入れとうない言葉ですな」
 サーバーからカップに茶を淹れながら。
「そう言うな、フェリクス」と苦笑し、ハインリヒは続ける。
「とにかく『ラグナロク』が動き出したのは確実。なぜ『ラグナロク』がアストリットの命を狙うのか、その理由を突き止めないと本当にアストリットは……!」
 ハインリヒは茶を口に含む。
 先日から飲むようになった遙か東洋の「茶(CHA)」というものだそうだ。独特の風味が、頭脳を活性化してくれるような心持ちがした。


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