翌朝、ドアがノックされ、メイドさんに起こされた。 「お嬢さま、事情はヴィンフリート様から伺っております。朝食の前に、軽く鍛錬をしようと、アメリアが申しておりますが。いかがなさいますか?」 「……アメリア?」 「はい。昨日(さくじつ)は領主様のご下命でヒューゲル伯爵の御領(ごりょう)へ伺っておりましたが、昨夜遅くに戻って参りました。アメリアも心配しております。ご存じのように、アメリアはお嬢さまの護衛を務めることもある、武術者です」 ……ご存じじゃないのよ、その人。でも、少しでも長い時間、何かしておいた方がいいかも。 あたしは、動きやすい服装、上はシャツ、下はズボンっていう格好に着替えた。
武術者、って聞いていたから、ゴツい人を想像したけど、アメリアさんって、スリムな人だった。あたしより、ちょっと年上っぽい。 そして彼女に裏庭に連れて行かれ、剣を手渡された。 アメリアさんが言った。 「お嬢さま、グートルーン嬢にどのような復讐をなさるか、お決めになりましたか?」 「あー、いやー、なんていうか、まだ決めてないっていうか、そもそも復讐はまずいでしょ、とか、やりたくない、っていうか……」 最後の方は、小声になっていた。 アメリアさんは表情を変えず、言った。 「復讐は、ある種の儀礼となっております。こちらが動かない場合、向こうが先手を取って、復讐できない状態にされる恐れもございます」 「……向こうの方が?」 「はい」 ゆうべ、ヴィンに聞かされた復讐の内容、どれもこれもひどいものばかりだった。 アメリアさんが、柔らかい笑顔になって言った。 「お嬢さまはお優しい方です。復讐など、お嫌いだというのはわかります。ですから、最低限、身を護るという技術を身につけてください」 「身を護る、って、いつまで?」 「サー・ハインリヒとグートルーン嬢の、婚礼の儀が終了するまでです」 「なるほど……」 要するに、二人が結婚したら、そもそも復讐は成立しないってコトなのか。よし、それなら! 「わかったわ、アメリアさん。身を護る方法を教えてください」 「アメリアさん=H」 アメリアさんが首を傾げたんで、あたしは慌てて言った。 「さ、始めましょ! 何したらいいの?」 訝しげにあたしを見ていたアメリアさんだけど、自分の剣……レイピアだ……を手に言った。 「まずは、オーソドックスに剣での攻撃を想定します。私が剣で突き込みますので、お嬢さまはその剣で私の剣を弾いてください」 「えええぇう!?」 私が奇声を発すると、アメリアさんが、また柔らかい笑顔で言った。 「大丈夫です、お嬢さまの剣も、私の剣も、刃が落としてある訓練用の剣です。それに私の方は寸止め致します。ですが、剣の重さは本物と同じです」 なるほど、剣ってやっぱり重いんだ。 あたしは剣を構える。 アメリアさんが頷く。 「相手は奇襲をかけてくるでしょうけど、とりあえず、剣筋がわかるように、ゆっくりと剣を突き出します」 あたしが頷くと、アメリアさんが「では」と言って、剣をくるくると回して見せた。器用だな、この人。 そして、鍛錬が始まった。確かに、アメリアさんは、ゆっくりと剣を出してくるんで、どこを狙っているか対応も出来る。でも、本番じゃ、こうは、いかないんだろうな。 何度か、剣を弾いた時だった。アメリアさんの剣があたしの左肩を狙ってきたんでその方に剣を持っていったら。 「…………え?」 右の太ももが痛い。見ると、アメリアさんの剣が刺さっていた。刃が落としてあるとは思えない鋭さだ。 「……え? ……え? ど、どういう、こ、と……?」 激痛が右脚全体をむしばむ。剣を杖に、あたしはうずくまりそうな体を支える。アメリアさんが剣を抜き、残忍な笑みを浮かべる。 「悲鳴を上げる隙など、与えないわ」 次の瞬間、アメリアさんの剣の切っ先が、目にもとまらぬ速さであたしの腹部を貫く。悲鳴が上がるかと思ったけど、口から出た大量の血のせいで、それは「ごぼっ」という音に取って代わられた。そしてその次に、切っ先はあたしの胸を貫く。 意識が消えていく、その刹那、こんな言葉が聞こえた。 「アストリット・フォン・シーレンベックの暗殺に成功」 暗殺? ちょっと待っ……て、どうい、う、こ…………………………。
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