ぐわぁあぁあぁあ〜。 今日一日はヘルミーナさんの「看護学」だったけど〜。 あれ、看護ちゃう〜。 例えば麻酔作用のある薬草を噛ませながらの治療、これはまだわかるけど、その先にあるのが専用器具による血抜き。「病気は血に宿る」って、どこから来た発想なのよぅ。まさか吸血鬼(ヴァンパイア)に「ほう、体の具合が悪いとな? どれ、血を抜けば治るぞ? で、抜いた血は我が輩に寄付するがよろしい」とか言われたんじゃあ? 外科的処置になるともっと野蛮で、薬草を口の中に入れて猿ぐつわ噛ませて、四〜五人で押さえつけて、大量出血箇所を焼きごてでジュゥ〜。 これ、絶対殺人行為でしょ? 挙げ句の果ての最終手段が「神への祈り」。 もうこっちから教えてやろうかって思ったわよぅ〜、「マウス・トゥ・マウス」とかぁ。 もはや医療行為とはいえないわね。こういうのって、実は教会とか修道院とか、町の人の仕事らしい。それをなんで貴族の子女がやってるかっていうと〜。 ぶっちゃけ、教会とか修道院に力を付けさせないためなんだって。ほら、貴族の男子が何らかの紛争に出て怪我をして、教会とかのお世話になっちゃうと、その分、そこに借りが出来ることになるでしょ? もちろん、向こうも何が何でも生かさないとならないから必死だろうけど。 そういうのを防ぐために、貴族の子女が看護学を学ぶのは、半ば強制になっているらしい。 いい迷惑だわぁ〜。 あたしはベッドにうつ伏せに寝転んだ。ぐったり疲れたわ、夕ご飯まで、こうしてようっと。 って思ってたら!! 誰かがドアをノックした。そして。 『お嬢さま、ハンナです。今、お時間よろしいでしょうか?』 よろしくないわ、晩ご飯まで、ちょっと寝かせててくれる? ……とは、普通言わないわよねえ。 立ち上がってあたしは言った。 「なあに、ハンナ?」 『ちょっと、ご相談したいことが。人に聞かれたくない話ですのでお部屋に入れていただければ、と』 ああ、あたしの部屋のドアの傍には、警護の女性騎士(デイム)がいるもんね、ドア越しじゃ、内緒話なんか出来ないわ。 「ええ、いいわよ」 入室の許可を出すと、ハンナがドアを開け、締めてから一礼した。そして、三歩ほど進んで、また一礼する。 「昨日(さくじつ)は、ウンディーネを名乗る殺し屋に襲撃されました」 「そうだったわね。ごめんなさい、怪我をさせちゃって」 「いいえ」と、首を横に振ってハンナは言った。 「それが私(わたくし)の任務ですから」 うう、それ、あたしにとっては結構、重い話なのよねえ、なにげに。 「ところで、ウンディーネは強敵でした」 「うん」 「短剣を操る技術そのものは、おそらく私とガブリエラ・メルダース様の二人がかりであれば、しのげたでしょう。恐るべきはその脚力。移動、そして他者を彼方へ蹴り飛ばす力。まるで叙事詩(サガ)に詠(うた)われるスレイプニィルがいたなら、まさにあの如き者かと。そこで、お願いなのですが」 「うん?」 まさか、あたしの護衛を降りたい、とか? 「報酬のアップを要求いたします!」 「………………はい?」 ハンナが両手を拳(こぶし)に握り、胸の高さに上げ、炎のオーラでも背負ってるんじゃないかっていうぐらいの気迫で、フンフンと鼻息も荒く言った。 「騎士であるメルダース様は、ともかく! そもそも私(わたくし)はメイドなのです! メイド、それは身の回りのお世話係! メイド、それは時に、お仕えするご主人様のサンドバッグ!」 「…………あたし、ハンナをサンドバッグにした覚えないけど?」 殺しはしたけど、あれは正当防衛だから。 「というわけで」 「何が、というわけで、なの?」 「私(わたくし)はここに、お手当ての増額を要求する次第であります!」 「……命にかえても、あたしを護るって……」 ハンナがニッコリとして答えた。 「ご主人様に尻尾を振らない犬は、おりませんわ?」 「……………………」 「それに、ウンディーネがあそこまで強敵だとは。お嬢さまが仰った、謎の騎士が現れなかったら、死んでいるところでした」 ……。 気持ちはわかるわよ、気持ちは? でも結局。
銭(ゼニ)に転ぶんかい、ハンナ!
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