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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第37回   騎士の正体って……
 その日の夜。
 報告はハンナ、ガブリエラが正式なレポートにまとめるらしいけど、一応、あたしの口からも夕食前に、食堂でお父様、お母様、そしてヴィンに話した。
「アストリット!」
 泣きそうな顔と声で、お母様があたしを抱きしめる。
「どこか、怪我してない!? 痛いところか、ない!?」
 ……。
 お母様には、本当に心配かけたんだなあ。あたしも涙ぐんでる。
「あの、お父様、あの時、あたしを助けてくれた騎士なんですけど……」
「うむ」と、お父様は腕を組む。……あたし、まだ、言いかけだったんだけど?
「それについては問題ない。訳あって素性は明かせないが、味方と思ってくれて構わない」
 ヴィンを見ると、笑顔で頷いた。言いかけてお父様に遮られたことは、あとでヴィンに聞こう。
 お父様が言った。
「ウンディーネ、そしてサラマンダーに対しての対策は、こちらで考える。だから、アストリットは安心していなさい。さあ、食事だ」
 この言葉に、メイドさんたちがお料理の載ったカートを押して来た。

 食事が終わると、お父様はヴィンに後で部屋に来るように言って、食堂を出た。
「ねえ、ヴィン、ちょっといい?」
 あたしは小声でヴィンに言う。
「なんですか、姉上?」
 だから、ヴィンも小声で答えた。お母様がこちらのやりとりに気づいたらしく、あたしを見たけど、あたしが笑顔で一礼したんで、お母様も頷いて(なんか、不安げだった)食堂を出た。
 二人きりになったのを確認して、あたしは言った。
「単刀直入に聞くね?」
「はい」
 ヴィンが歩きながら笑顔を返してくる。
「あの時、助けてくれたの、ヴィンよね?」
 食堂を出て、少しだけ、間が空いた。ヴィンの表情は、驚いているようでも、狼狽しているようでもない。読めないなあ、この子の表情。
 不意に、ヴィンは声を立てて笑い始めた。
「……え? なに、今の、笑うとこなの?」
 ひとしきり笑って……ていっても、笑い転げるっていうほどでもなかったけど、で、あたしの呟きも聞こえてないっぽいけど……ヴィンは答えた。
「ああ、姉上、すみません、笑ってしまって。もし本当に僕なら、お父様がお隠しになるはずはありませんよ。でも、悪くない話ですね、姉上の危機に、颯爽(さっそう)と駆けつける謎の騎士、その正体は姉の身を案ずる弟!……、それこそ騎士物語(ロマンス)のようだ」
「本当にあなたじゃないの?」
「はい。今日、僕は一日、家庭教師の下(もと)で、デーン語の勉強をしていましたよ、お屋敷で。誰に聞いてもらっても、同じ答えが返ってくるはずです」
「そう……」
「じゃあ、僕は父上に呼ばれていますので」
「あ、うん」
 ヴィンはその場を去って行った。
 うーん、ヴィンだと思ったんだけどなあ。
 つまり、それって。

 ヴィンが、実は女の子だっていうことが前提になる話。だって、騎士が女性ぽかったって、誰にも話してないもん。

 あたしの中で、あの時見たヴィンの後ろ姿って、女の子になってるのよねえ。


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