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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第36回   違和感
 アストリットがウンディーネの襲撃を受ける、一時間ほど前、ハインリヒは王都王城の謁見の間(ま)にいた。
 王が玉座から言う、どこか芝居めいたハイトーンボイスで。
「ハインリヒ・フォン・フォルバッハ、明日の合同演習において、貴公に西部方面軍の指揮を任せたい。その時の働きによっては、貴公には正式に西部方面軍砲兵隊の、総指揮を任せる用意がある。その心積(こころづ)もりで臨むように」
 ハインリヒは片膝をつき、頭を下げて答える。
「ハッ! 臣(しん)ハインリヒ・フォン・フォルバッハ、陛下のご期待に応えられるよう、我が家門にかけまして、我が全力を尽くしてご覧に入れます」
「うむ。期待しておるぞ」
 次に女王が言った。
「時にサー・ハインリヒ、貴公、シーレンベック侯の令嬢との婚姻を破棄したそうであるな?」
「はい、国王陛下、女王陛下、そしてフロレンツィア王女のお耳汚しでございます。申し訳ございません」
「構わぬ、珍しい話ではない。ところで新たな婚約者に選んだのは、誰じゃ?」
「リヒテンベルク侯エミールのご息女、フロイライン・グートルーンにございます」
 女王が満足げな笑みを浮かべる。
「おお、そうか。リヒテンベルクという名には覚えがないが、貴公が選んだ娘じゃ、間違いはあるまい。のう、フロレンツィア?」
「はい、女王陛下」
 フロレンツィアは、女王を見て、無感情に応える。
 国王フェルディナントは今年で六十一歳、女王グレートヒェンは三十八歳、そして第一王女フロレンツィアは十五歳、第一王子アウグストはまだ三歳で、この場にはおらず、乳母(めのと)のところにいる。
「サー・ハインリヒよ、その娘と幸せに暮らすのじゃぞ」
 女王の言葉に、ハインリヒは頭を下げる。
 三人の姿を見ていて、ハインリヒは違和感を覚えていた。

 帰りの馬車の中、執事のフェリクスが聞いた。
「いかがでございましたか、坊ちゃま?」
 どう答えようか、少しばかり考えを巡らせ、ハインリヒは答えた。
「具体的にどこがどう、というのではないが、どうにも違和感が拭(ぬぐ)えないな」
「違和感、でございますか?」
「ああ」と、ハインリヒは頷く。
「喩えは悪いかも知れないが、国王陛下も、王女殿下も、人形のような印象を受けた」
 フェリクスが眉根をひそめる。
「人形でございますか?」
「ああ。もしかすると、以前にお会いした後(のち)に、何らかの心境の変化があって、国王陛下は王らしき振る舞いを、王女殿下は取り澄ますようになったのかも知れないが、ひょっとしたら……」
 この先を言うのが、はばかられる。もっとも、フェリクスは、もうわかっているはずだ。フォルバッハ家に長く仕えている有能な執事なのだから。
 だが、この言葉を言うのは、やはりフォルバッハの嫡男であるハインリヒでなければならない。
 しばしの逡巡の後、ハインリヒは言った。
「ひょっとしたら、『ラグナロク』が動き出したのかも知れない」
 フェリクスが険しい顔になる。そして。
「旦那様に、ご相談申し上げるべき、かと」
 頷き、ハインリヒはカーテンをめくり、窓外の景色を見やる。遠くに、いくつかのコロニーと接続した、シーレンベック侯領の市壁が見えた。


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