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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第34回   バザールでの襲撃
 早いもので、予定通りなら今日がウンディーネとの戦い。でも、ちょっと状況かわってるしなあ。一応、ゆうべのうちに高台の細工はしておいたんだけど。
 さて。そろそろハンナが誘いに来る時間ね、「お嬢さま、わたくしもご一緒致しますので、お散歩など、いかがですか?」って。
 ………………。
 来ないわ。
 やっぱり変わっちゃってるか。とすると、本格的にウンディーネ対策をしないと。今朝、さりげなくグートルーンの話題出して見たけど、ヴィンたちはサギ師だと思ってるっぽい。となるとあたしが「グートルーンって、実は殺し屋のウンディーネなの」って言っちゃうと、不自然だわね。いざというときは、何らかの形でグートルーンを押さえてもらおうと思ったけど。
 うちで出来ることはせいぜい、ハインリヒの色ボケ外道クソ野郎に「グートルーンはサギ師だったのよ。今度はそっちが痛い目見る番だわ、やーい、ざまあみれ」って伝えることかしら?


 はっ!? あたし、なんて汚いことを考えていたのかしら? でも、そのぐらいのこと言われても仕方のないことやってきたんだし。
 それはさておき。
 あたしは、部屋を出た。そして書庫に向かう。ここでなにかの本を読んだところで、なにかが変わるとか、ってないと思うけど、例えば護身術の本とか罠の仕掛け方の本とかあったら、参考になるかも?
 書庫のドアを開ける。そして中に入ろうとした時。
「お嬢さま?」
 と、声がかけられた。声の主は、ハンナだ。振り返ると、ハンナがこっちに歩み寄ってきた。
「読書ですか?」
 笑顔で聞いてくる。
「うん、まあね。今日も予定入ってないし」
 その時、ふと思いついて聞いてみた。
「ねえ、街で何か面白い事とか、ない?」
 ちょっと間をおいて、ハンナは答えた。
「確か、バザールがあったと思います」
 そして、ハンナはバザールについて説明し、開かれている場所について、話した。なんか聞いているとワクワクしてくる。
「ねえ、ハンナ、この近くで開かれているバザールに案内してくれる!?」
「え?」と、ハンナが困惑したような表情になる。ああ、そういえば賑わいようは尋常じゃないから、警護は難しいって言ってたっけ。
「そうですね……。あのような状況ですと、わたくしもお嬢さまの警護を十全に行えるかどうか……」
 しばらく考えていたハンナだったけど、
「少々お待ちください、お嬢さま、確認して参ります」
「え? 確認って?」
 あたしの問いには答えず、ハンナは小走りに走って行った。あっちの方は確か、騎士の詰め所があったっけ。

 しばらく図書館で過ごしていると、ハンナは一人の女性騎士(デイム)を連れて戻ってきた。この人はガブリエラ・メルダースだ。
「お嬢さま、このガブリエラ・メルダースは狭小(きょうしょう)地(ち)での戦闘に長(た)けております。本日のスケジュールも、調整済みです」
 ガブリエラが一礼し、言った。
「我々、お屋敷付の騎士は、万が一、お屋敷に賊が忍び込んだ時にも対応できるよう、狭小地で存分に武器を使えるように訓練を積んでおります。剣もそれに合わせて、少々短めになっておりますが、仮に狭い路地で不届き者に襲いかかられようと、必ずやお嬢さまをお護りいたします!」
 なんか、力強い言葉だ。あたしはガブリエラとハンナに言った。
「じゃあ、バザールに行こ!! ハンナ、ガブリエラ、よろしくね!」

 で、あたしはいろんな露店を見て回った。見たことのないものばかりだ。ああ、見たことないっていうのは、元いた世界での風物(ふうぶつ)も含むわよ? それに、この賑わい! いろんな格好をした人たちが見える。露店の人たちも、この国では見ない顔立ち、服装、お化粧の人たちが多い。もうほんと、夏祭りとかなんかのイベントとか、久しぶり……な気がする。よくわからないけど。
 露店の人たちが、商品を勧めてくる。異国の人たちは、たどたどしい感じでこの国の言葉を使う。なんか微笑ましいなあ。
「お嬢さま、楽しんでいらっしゃいますか?」
 ハンナが横から言ってきた。
「ええ、とても楽しいわ!」
 心から、あたしは返答する。
 すると、斜めうしろからヨロイ姿のガブリエラが言った。
「そうですか、それなら……!?」
 言いかけて、ガブリエラは止める。なんだろうと思って振り返ると、ガブリエラは剣を抜いた。すごい、普通に大ぶりに抜くんじゃなく、ほとんど自分の前に向けて直線的に抜いた! あれなら、隣に人がいても剣が当たることはないわね。
 ガブリエラは抜いた剣をそのまま、やっぱり最低限のモーションで上段に構え、振り下ろす。近くで、悲鳴が起こった。ガブリエラを見た人だろう。
 風の唸る音がして、あたしたちから遠ざかるように、なにかが地を滑る音がした。音の主(ぬし)は一人の女性。グートルーン・フォン・リヒテンベルクその人だった。でも、着ている服は貴族の物とは違う。あたしが元いた世界の「くのいち」に似た茶色の服だ。逆手(さかて)に持っているのは短剣(ダガー)。あたしたちの前方七、八メートルぐらいのところにいる。
 ここへ来て、人々の耳目が集まった。あたしたちを囲むようにしながら、後退する。
 鋭い声でガブリエラが問う。
「貴様、何者だ!?」
「そっちのお嬢さまがご存じよ?」
 挑戦的な笑みを浮かべてグートルーンが言う。
「グートルーン・フォン・リヒテンベルクを名乗っていた女よ」
 あたしはわざと、ぶっきらぼうに言ってやった。
 剣を構え直し、ガブリエラが言った。
「そうか、貴様が。話は聞いている。習わしに則(のっと)って、前の婚約者の先手を取る、か。もし、そうなら、サギ行為がバレた今、お嬢さまを狙う必要はあるまい。早々に立ち去れっ!」
 グートルーンが眉を動かして、嗤いながら言う。
「それが、そうもいかないの。そちらのお嬢さまの命、いただかないとならないのよ、それが依頼だから」
 ガブリエラも挑戦的な笑みを浮かべて言った。
「……なるほど、そういうことか。貴様はウンディーネか? それとも、サラマンダーか?」
 うう、言ってやりたいけど、知ってたら、不自然だわ。
 グートルーン、いやウンディーネがこちらを見下すように顔を上げ、言った。
「ウンディーネ。でも覚える必要なんてないわよ? だって、あなたはここで」
 と、ウンディーネが体を沈めた。
「死ぬんだから!」
 ウンディーネがジャンプして、あたしに向かってきた!


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