早いもので、予定通りなら今日がウンディーネとの戦い。でも、ちょっと状況かわってるしなあ。一応、ゆうべのうちに高台の細工はしておいたんだけど。 さて。そろそろハンナが誘いに来る時間ね、「お嬢さま、わたくしもご一緒致しますので、お散歩など、いかがですか?」って。 ………………。 来ないわ。 やっぱり変わっちゃってるか。とすると、本格的にウンディーネ対策をしないと。今朝、さりげなくグートルーンの話題出して見たけど、ヴィンたちはサギ師だと思ってるっぽい。となるとあたしが「グートルーンって、実は殺し屋のウンディーネなの」って言っちゃうと、不自然だわね。いざというときは、何らかの形でグートルーンを押さえてもらおうと思ったけど。 うちで出来ることはせいぜい、ハインリヒの色ボケ外道クソ野郎に「グートルーンはサギ師だったのよ。今度はそっちが痛い目見る番だわ、やーい、ざまあみれ」って伝えることかしら?
はっ!? あたし、なんて汚いことを考えていたのかしら? でも、そのぐらいのこと言われても仕方のないことやってきたんだし。 それはさておき。 あたしは、部屋を出た。そして書庫に向かう。ここでなにかの本を読んだところで、なにかが変わるとか、ってないと思うけど、例えば護身術の本とか罠の仕掛け方の本とかあったら、参考になるかも? 書庫のドアを開ける。そして中に入ろうとした時。 「お嬢さま?」 と、声がかけられた。声の主は、ハンナだ。振り返ると、ハンナがこっちに歩み寄ってきた。 「読書ですか?」 笑顔で聞いてくる。 「うん、まあね。今日も予定入ってないし」 その時、ふと思いついて聞いてみた。 「ねえ、街で何か面白い事とか、ない?」 ちょっと間をおいて、ハンナは答えた。 「確か、バザールがあったと思います」 そして、ハンナはバザールについて説明し、開かれている場所について、話した。なんか聞いているとワクワクしてくる。 「ねえ、ハンナ、この近くで開かれているバザールに案内してくれる!?」 「え?」と、ハンナが困惑したような表情になる。ああ、そういえば賑わいようは尋常じゃないから、警護は難しいって言ってたっけ。 「そうですね……。あのような状況ですと、わたくしもお嬢さまの警護を十全に行えるかどうか……」 しばらく考えていたハンナだったけど、 「少々お待ちください、お嬢さま、確認して参ります」 「え? 確認って?」 あたしの問いには答えず、ハンナは小走りに走って行った。あっちの方は確か、騎士の詰め所があったっけ。
しばらく図書館で過ごしていると、ハンナは一人の女性騎士(デイム)を連れて戻ってきた。この人はガブリエラ・メルダースだ。 「お嬢さま、このガブリエラ・メルダースは狭小(きょうしょう)地(ち)での戦闘に長(た)けております。本日のスケジュールも、調整済みです」 ガブリエラが一礼し、言った。 「我々、お屋敷付の騎士は、万が一、お屋敷に賊が忍び込んだ時にも対応できるよう、狭小地で存分に武器を使えるように訓練を積んでおります。剣もそれに合わせて、少々短めになっておりますが、仮に狭い路地で不届き者に襲いかかられようと、必ずやお嬢さまをお護りいたします!」 なんか、力強い言葉だ。あたしはガブリエラとハンナに言った。 「じゃあ、バザールに行こ!! ハンナ、ガブリエラ、よろしくね!」
で、あたしはいろんな露店を見て回った。見たことのないものばかりだ。ああ、見たことないっていうのは、元いた世界での風物(ふうぶつ)も含むわよ? それに、この賑わい! いろんな格好をした人たちが見える。露店の人たちも、この国では見ない顔立ち、服装、お化粧の人たちが多い。もうほんと、夏祭りとかなんかのイベントとか、久しぶり……な気がする。よくわからないけど。 露店の人たちが、商品を勧めてくる。異国の人たちは、たどたどしい感じでこの国の言葉を使う。なんか微笑ましいなあ。 「お嬢さま、楽しんでいらっしゃいますか?」 ハンナが横から言ってきた。 「ええ、とても楽しいわ!」 心から、あたしは返答する。 すると、斜めうしろからヨロイ姿のガブリエラが言った。 「そうですか、それなら……!?」 言いかけて、ガブリエラは止める。なんだろうと思って振り返ると、ガブリエラは剣を抜いた。すごい、普通に大ぶりに抜くんじゃなく、ほとんど自分の前に向けて直線的に抜いた! あれなら、隣に人がいても剣が当たることはないわね。 ガブリエラは抜いた剣をそのまま、やっぱり最低限のモーションで上段に構え、振り下ろす。近くで、悲鳴が起こった。ガブリエラを見た人だろう。 風の唸る音がして、あたしたちから遠ざかるように、なにかが地を滑る音がした。音の主(ぬし)は一人の女性。グートルーン・フォン・リヒテンベルクその人だった。でも、着ている服は貴族の物とは違う。あたしが元いた世界の「くのいち」に似た茶色の服だ。逆手(さかて)に持っているのは短剣(ダガー)。あたしたちの前方七、八メートルぐらいのところにいる。 ここへ来て、人々の耳目が集まった。あたしたちを囲むようにしながら、後退する。 鋭い声でガブリエラが問う。 「貴様、何者だ!?」 「そっちのお嬢さまがご存じよ?」 挑戦的な笑みを浮かべてグートルーンが言う。 「グートルーン・フォン・リヒテンベルクを名乗っていた女よ」 あたしはわざと、ぶっきらぼうに言ってやった。 剣を構え直し、ガブリエラが言った。 「そうか、貴様が。話は聞いている。習わしに則(のっと)って、前の婚約者の先手を取る、か。もし、そうなら、サギ行為がバレた今、お嬢さまを狙う必要はあるまい。早々に立ち去れっ!」 グートルーンが眉を動かして、嗤いながら言う。 「それが、そうもいかないの。そちらのお嬢さまの命、いただかないとならないのよ、それが依頼だから」 ガブリエラも挑戦的な笑みを浮かべて言った。 「……なるほど、そういうことか。貴様はウンディーネか? それとも、サラマンダーか?」 うう、言ってやりたいけど、知ってたら、不自然だわ。 グートルーン、いやウンディーネがこちらを見下すように顔を上げ、言った。 「ウンディーネ。でも覚える必要なんてないわよ? だって、あなたはここで」 と、ウンディーネが体を沈めた。 「死ぬんだから!」 ウンディーネがジャンプして、あたしに向かってきた!
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