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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第33回   えと、誰だっけ?
 あたしがベッドの上で脱力していると、ノックの音がした。
『姉上、ヴィンフリートです。よろしいですか?』
 ヴィンか、なんだろう?
「いいわよ」
 立ち上がって入室の許可を出すと、ドアが開いてヴィンが入ってきた。
「姉上、殺し屋はあと二人、います。そこでこれを姉上にお渡ししておきます」
 そう言って、ヴィンはあたしに鞘に収まった短剣(ダガー)を渡してきた。
「昨日の朝のこと、聞きました。姉上は、優れた剣技を持っている、とのこと」
 ああ、あれは、何故か動きがスロー再生されたから、わかっただけなのよ?
 ……って言ったところで、信じてもらえるかどうか。
「剣と短剣では、勝手が違いますが、それでもないよりはいいか、と。……できれば姉上には、このお屋敷から一歩も出ていただきたくはないのですが、それでは、息が詰まってしまうでしょう。たまには、街へ出たいと思われることもあるかと。そこで。……入っておいで!」
 ヴィンの呼びかけに応じて、一人のメイドさんが入ってきた。
「……げ、ハンナじゃん……」
「? 姉上? なにか、仰いましたか?」
「う、ううん、なんにも言ってないわ!」
 落ち着け、あたし! 前とは状況が違うのよ! だから、ハンナもウンディーネに買収されてる、なんてことはないわ。
 ヴィンが申し訳なさそうな表情になる。
「本当なら、僕が一緒にいられればいいのですが、僕も剣の鍛錬や、馬術の訓練でお屋敷を留守にすることが多いので、ここの敷地内での姉上の護衛は、ハンナに任せたいと思います。あと、街へ出かけられる時には、騎士たちの詰め所へ一言お願いします。その時に手の空いている者が、同行するように命じておきますので」
 ハンナが笑顔になった。
「私、こう見えましても、腕に覚えがございます。お嬢さまの身の安全は、この命にかえましても、お護りいたしますわ」
「う、うん、よろしくね、ハンナ」
 大丈夫かなあ、簡単に買収されちゃうような人を護衛にするって?
 笑顔でヴィンが言った。
「ハンナなら、普段から姉上のお世話をしていますから、心やすいのではないかと思います。じゃあ、頼んだよ、ハンナ」
「お任せくださいませ、ヴィンフリート様」
 そして、ヴィンは部屋を出て行った。
 それを見送って、ハンナがあたしを見る。
「今回、護衛を仰せつかりました関係で、身の回りのお世話につきましては、別の者に任せることにいたしました」
「別の人?」
「はい。今、呼んで参ります」
 一礼し、ハンナは部屋を出る。そして、あたしは考えた。
「ウンディーネがどう動くか、さっぱりわからない以上、最大限の用心をするに、こしたことはない。例えば、何らかの形でハンナに接触して、彼女を買収するかも知れない。それに、サラマンダー。今の時点で、ここに潜入していると考えた方がいいわね。すると、サラマンダーがハンナを買収して……」
 ここまで考えて。
「うわあぁ〜。ハンナが買収される前提で、話進めてるわ〜。ハンナは、どんだけ銭(ぜに)の亡者になってるんだ、あたしの中でぇ〜?」
 あたしは髪をわしゃわしゃと、かきむしった。
「お嬢さま? どうかなさいましたか?」
 ハンナが、未知の生物を見るかのような視線をこっちに向けてる。
「ああ、何でもないのよなんでも! それより、あたしの身の回りのお世話をしてくれる人って?」
 頷いて「来なさい」とハンナが声をかけるとメイドさんが入ってきた。まるでルビーで染め上げたような赤毛のストレートロングの髪、エメラルドをはめ込んだような瞳。褐色の肌の美女。

 あれ? 誰、この人!? 知ってるはずなのに、わからない!? うわ、なんか気持ち悪い、この感じ!!

 入ってきたメイドさんが笑顔で一礼した。
「それでは、わたしがお嬢さまの身の回りお世話をさせていただきます」
「…………えと。ゴメン、あなたの名前、なんだっけ?」
 申し訳ないと思ったけど、聞かないとね。名前、知らないし。
 ハンナともう一人のメイドさんの表情が強ばる。多分、バックにピアノで「ダーン!!」て音が響いてるんじゃないかな?
 少しおいて、解凍。ハンナが咳払いして言った。
「確かに、直接、お嬢さまにはご紹介しておりませんでした。こちらの落ち度です。……東にあるゲリッケという町から奉公に上がりました、シェエラザードと申します。まだまだ未熟ではございますが、他の者もフォローいたします。もし粗相(そそう)などございましたら、遠慮なく! 私奴(わたくしめ)までお申しつけくださいませ。私(わたくし)が責任を持って! 折檻(しどう)し、一人前のメイドに調教(そだてあげ)て、ご覧にいれます!」
 シェエラザードが、ビクッ!と肩をふるわせて、言った。
「シェ、シェエラザードと申します。シェラとお呼びください……」
 シェラの自己紹介は、尻すぼみに小声になっていった。


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