あたしがベッドの上で脱力していると、ノックの音がした。 『姉上、ヴィンフリートです。よろしいですか?』 ヴィンか、なんだろう? 「いいわよ」 立ち上がって入室の許可を出すと、ドアが開いてヴィンが入ってきた。 「姉上、殺し屋はあと二人、います。そこでこれを姉上にお渡ししておきます」 そう言って、ヴィンはあたしに鞘に収まった短剣(ダガー)を渡してきた。 「昨日の朝のこと、聞きました。姉上は、優れた剣技を持っている、とのこと」 ああ、あれは、何故か動きがスロー再生されたから、わかっただけなのよ? ……って言ったところで、信じてもらえるかどうか。 「剣と短剣では、勝手が違いますが、それでもないよりはいいか、と。……できれば姉上には、このお屋敷から一歩も出ていただきたくはないのですが、それでは、息が詰まってしまうでしょう。たまには、街へ出たいと思われることもあるかと。そこで。……入っておいで!」 ヴィンの呼びかけに応じて、一人のメイドさんが入ってきた。 「……げ、ハンナじゃん……」 「? 姉上? なにか、仰いましたか?」 「う、ううん、なんにも言ってないわ!」 落ち着け、あたし! 前とは状況が違うのよ! だから、ハンナもウンディーネに買収されてる、なんてことはないわ。 ヴィンが申し訳なさそうな表情になる。 「本当なら、僕が一緒にいられればいいのですが、僕も剣の鍛錬や、馬術の訓練でお屋敷を留守にすることが多いので、ここの敷地内での姉上の護衛は、ハンナに任せたいと思います。あと、街へ出かけられる時には、騎士たちの詰め所へ一言お願いします。その時に手の空いている者が、同行するように命じておきますので」 ハンナが笑顔になった。 「私、こう見えましても、腕に覚えがございます。お嬢さまの身の安全は、この命にかえましても、お護りいたしますわ」 「う、うん、よろしくね、ハンナ」 大丈夫かなあ、簡単に買収されちゃうような人を護衛にするって? 笑顔でヴィンが言った。 「ハンナなら、普段から姉上のお世話をしていますから、心やすいのではないかと思います。じゃあ、頼んだよ、ハンナ」 「お任せくださいませ、ヴィンフリート様」 そして、ヴィンは部屋を出て行った。 それを見送って、ハンナがあたしを見る。 「今回、護衛を仰せつかりました関係で、身の回りのお世話につきましては、別の者に任せることにいたしました」 「別の人?」 「はい。今、呼んで参ります」 一礼し、ハンナは部屋を出る。そして、あたしは考えた。 「ウンディーネがどう動くか、さっぱりわからない以上、最大限の用心をするに、こしたことはない。例えば、何らかの形でハンナに接触して、彼女を買収するかも知れない。それに、サラマンダー。今の時点で、ここに潜入していると考えた方がいいわね。すると、サラマンダーがハンナを買収して……」 ここまで考えて。 「うわあぁ〜。ハンナが買収される前提で、話進めてるわ〜。ハンナは、どんだけ銭(ぜに)の亡者になってるんだ、あたしの中でぇ〜?」 あたしは髪をわしゃわしゃと、かきむしった。 「お嬢さま? どうかなさいましたか?」 ハンナが、未知の生物を見るかのような視線をこっちに向けてる。 「ああ、何でもないのよなんでも! それより、あたしの身の回りのお世話をしてくれる人って?」 頷いて「来なさい」とハンナが声をかけるとメイドさんが入ってきた。まるでルビーで染め上げたような赤毛のストレートロングの髪、エメラルドをはめ込んだような瞳。褐色の肌の美女。
あれ? 誰、この人!? 知ってるはずなのに、わからない!? うわ、なんか気持ち悪い、この感じ!!
入ってきたメイドさんが笑顔で一礼した。 「それでは、わたしがお嬢さまの身の回りお世話をさせていただきます」 「…………えと。ゴメン、あなたの名前、なんだっけ?」 申し訳ないと思ったけど、聞かないとね。名前、知らないし。 ハンナともう一人のメイドさんの表情が強ばる。多分、バックにピアノで「ダーン!!」て音が響いてるんじゃないかな? 少しおいて、解凍。ハンナが咳払いして言った。 「確かに、直接、お嬢さまにはご紹介しておりませんでした。こちらの落ち度です。……東にあるゲリッケという町から奉公に上がりました、シェエラザードと申します。まだまだ未熟ではございますが、他の者もフォローいたします。もし粗相(そそう)などございましたら、遠慮なく! 私奴(わたくしめ)までお申しつけくださいませ。私(わたくし)が責任を持って! 折檻(しどう)し、一人前のメイドに調教(そだてあげ)て、ご覧にいれます!」 シェエラザードが、ビクッ!と肩をふるわせて、言った。 「シェ、シェエラザードと申します。シェラとお呼びください……」 シェラの自己紹介は、尻すぼみに小声になっていった。
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