……まあ、なんていうかね。 想定外のことが起こっちゃったのよ。
お父様やお母様、ヴィンのお話が終わったらしく、三人が食堂から出てきた。あたしはヴィンに近寄って、聞いた。 「ヴィン、毎日聞くようで悪いんだけど、グートルーンについて、何かわかった?」 ここはおさえておかないとならない。今の時点で「グートルーン・フォン・リヒテンベルク」なんて人間は存在しない、なんてことがわかっちゃうと、少々マズいことになるからね。だって、そうでしょ? ハンナが、調査している人との繋ぎをやって、その時にグートルーン、つまりウンディーネと出会って取引をして、あたしを高台に誘導するんだから。もし今日「実は『グートルーン・フォン・リヒテンベルク』なんて人間は存在しない」ってことがわかると、高台での決闘がなくなっちゃって、ウンディーネがどう動くか、まったくわからなくなっちゃう。予定も心構えも、大狂いだわ。 この先の展開を知ってるっていうアドバンテージが、生かせない。 ヴィンがちょっと難しい顔をした。これは多分、「すみません、まだわかっていません」だわ。ヨシヨシ。 「姉上、実は『グートルーン・フォン・リヒテンベルク』なんて人間は存在しないんです」 「………………………………………………え?」 今、この弟くんは、なんて言ったのかしらあ? 「昨日、アメリアを尋問する中で偶然に出てきた話題なのですが、そもそも『リヒテンベルク』という貴族が存在しないそうなのです」 「…………………………」 「今日、王都に人をやって、国内の叙爵(じょしゃく)された者のリストを確認することになっています」 「あ、ああ、そう、なんだ。グートルーンなんて貴族の令嬢、なんて、いないんだ……」 ため息をつき、やや呆れたようにヴィンは言った。 「お恥ずかしながら、所領を持っていない貴族については、その全部を把握できていないんです。姉上もご存じのように、伯爵以下は、一定以上の税金と寄付金を納めれば、叙爵されますし」 「そ、そうよね……」 あたしは脳から血が下がるのをこらえながら言った。 「でも、なんでアメリアがそんなこと、知ってるの? もしかして、ウソ、ついてるかも」 わずかな希望。実はアメリアが、大ウソぶっこいてる。この際、「アメリアが嘘ついてる」ってことを確認すると、ヴィンに変な風に思われるっていうことはスルーしてね? でないと、あたし的にまずいから。どうあっても、前の展開通りでないと、まずいのよ! 「アメリアは、殺し屋シルフとして、王国全土を巡っています。殺す標的(ターゲット)の中には、貴族もいるそうで、その関係でリストを手に入れ、さらに実地に歩いて確認しているそうです。それに、アメリアがそんな嘘をつく必要性はないと思います」 「あ、あは、あはははははは、そうよね! ……ゴメン、今の忘れて」 そして、あたしはなんとなく気になって聞いた。 「ねえ、アメリア、どうなったの?」 少しだけ、沈痛な色をその顔に浮かべ、ヴィンは言った。 「こちらに有用な情報は、ないようなので、昨夜遅くに、処刑しました」 「…………………え?」 「我が家門に対する無礼ですので、裁量権は領主にあります。彼女の行為は、十分、処刑に値するものですので」 「ああ、そ、そう……………………」 「では、失礼します」 「あ、ああ、うん、ありがとね、ヴィン」 ヴィンにお礼を言って、あたしは自分の部屋に戻った。 なんとかベッドまで、倒れないよう、こらえてから、ぶっ倒れた。
……で、今に至る、というわけ。 時計見ると、もう十時過ぎだわ。朝食終えて、ヴィンの話聞いてから、一時間以上経ってる。時間の経つのは早いなあ。 なんか、頭のキャパ、超えてる話だったわ。特に処刑とか。 それに。
前と、なんか展開が変わってきてる。確か、今朝、ヴィンがお父様たちと話をする、なんてことはなかったはずだし、そもそも今の時点で、グートルーンの正体もバレてるし。
……そうか、アメリアが生きてたことで、展開が変わったのか。 参ったなあ、これじゃあ、ウンディーネがどう攻めてくるか、わからないじゃん。わかるのはただ一つ。
どう攻めてくるか、わからないから、相手の裏のかきようがないってこと。
はい、詰みました!!
これは、死亡確定だわ。どうやって殺されるか、よく覚えとこ。でも、相手はプロの殺し屋だから、いつ、どこで、どうやって殺されたか、わからないうちに死ぬ可能性、大なんだけれど。
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