学校からの帰り、公園のブランコに腰掛けて黄昏れている女子高生がいた。黄色いシャツに緑色のネクタイ、紺色のブレザーに、白い縁取りがある黒い格子模様が入ったワインレッドのプリーツスカート。 うちの学校の制服じゃん。 しかも知ってる娘(こ)じゃん! あたしは公園に入り、声をかけた。 「よっ、聡実(さとみ)」 「…………」 返事はない。て、いうか、こっちと目をあわそう、っていうのが感じられない。うつむいたまんまだ。 あたしは隣のブランコに腰掛ける。聡実は勢いをつけてこぐでもなく、足を地面につけて膝でブラブラと揺られている。 不意に、ブランコが止まった。 「…………ねえ、未佳(みか)、ちょっといいかな?」 「ン? どした? 言(ゆ)ってみ?」 聡実があたしを見た。 「未佳は、さ、やり直せたらなあ、って思うことって、何かある?」 その声も表情も、真剣なものだ。真面目に答えなければ、っというのと、なんかボケよう、っていうのが、あたしの中で戦っている。 それを自覚した時、あたしは自己嫌悪で溜めてた息を吐いた。 「なんかあったの、聡実?」 しばらくの時(とき)ののち、聡実は目に涙をためて、前を向いて言った。 「この間、トシヒロくんとケンカしてね」 トシヒロくん、っていうのは聡実のカレシ。隣町の学校の、一年先輩の品田(しなだ)俊弘(としひろ)さんのことだ。 「発端は、たいしたことじゃなかったんだけど、それだけになんか、お互い意地になっちゃって。どっちも引き下がれなくなっちゃって。それであたし、つい言っちゃったんだ、絶対、トシヒロくんに言っちゃいけない言葉」 あー、あるよね、そういうの。言っちゃダメ、っていうのはわかってるけど、ヒートアップしてるから歯止めきかなくて。 聡実はうつむいた。 「私、最低の人間だ。トシヒロくんに嫌われちゃった。もう駄目だ……。言うんじゃなかった、あんな言葉……」 「……………………」 えーと、言っちゃった言葉にもよるけど、こういうときは、テンプレしかないかな? 「大丈夫だって、聡実! お互いクールダウンしたら、自分が悪かったなあ、って。だからさ、メールとかで謝ったら、電話、もらえるかも知んないし」 「そうかなあ……?」 聡実が涙を流して、グチャグチャの顔(鼻水、っていうか、涙が鼻に抜けてる)であたしを見た。 「うん、大丈夫大丈夫」 いや、大丈夫じゃないかも知れないけど。安直に言うな、あたし。 鼻水……じゃなくて、鼻の方に抜けた涙を、ずずずと吸って、聡実が念を押すように聞いてきた。 「本当?」 「うん、大丈夫だって!」 だから、簡単に言うなって、あたし! そもそもあたし、品田さんのメンタリティー、知らないんだから! 向こう、大激怒かも知れないし! あ、そうだ。一応、聞いておこう、「絶対、言っちゃいけない言葉」って。それによって、状況、変わるし。 念のためよ? のぞき見趣味じゃないんだからね? と、自分に言い聞かせるあたし。 「ちなみに、さ。聡実、品田さんに、なんて言ったの?」 聡実がティッシュで鼻を「ぶぶぶぅっ」ってかんでから、あたしを見て言った。 「トシヒロくんのハンバーガーの食べ方、変!って」 「……………………。変なの、品田さんの食べ方って?」 コクッと頷いて、聡実は言った。 「一度、ハンバーガーをひっくり返して、上の……ああ、ひっくり返したから『下』ね? 下のバンズと中のハンバーグを一緒に食べるの。で、最後に、残った下のバンズを食べるの。変でしょ、その食べ方?」 「え? あ、ああ、変よね?」 誰が何を、どういう食べ方したって、いいじゃん。これは聡実に非があるわよね。 ていうか、これって、謝ったらすむ問題なんじゃないの? なので、あたしは聡実にメールするように勧めた。最初はおどおどしてたけど、聡実はメールを打った。しばらくして、「ユーガッタメイル」て聞こえたと思ったら。 「あ! トシヒロくんからだ! ……未佳、聞いて、トシヒロくんも、ゴメンって!」 「そうなんだ、よかったね、聡実」 「うん!」と、本当にうれしそうに頷いて聡実は今度はラインに切り替えたらしい。しばらくやりとりして。 「未佳、ありがとね!」 と、笑顔で帰って行った。 ……なんか、最初からメールか何かしようと思ってたけど、勇気が出なくて、誰かに背中を押してもらいたかったっぽい。 その背中を見ながらあたしは心の中で呟いた。
よかったね、聡実。でもね?
世の中には、謝ってもどうしようもない……。
やり直したい、って思っても、やり直せないこともあるんだよ……?
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