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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第27回   アメリアの自白
 アメリアは、騎士たちに引っ立てられていった。これから取り調べっていう。これで依頼人とかがわかればいいんだけど。
 でも、次はウンディーネことグートルーン。あと、ハンナ。とりあえず、前のループと同じ形で進行させないと、まずいことになるわね、あたしに的に。
「ねえ、ヴィン、あなた、グートルーンについて徹底的に調べる、って言ってたわよね?」
「ええ」
「ぜひ、お願いね!」
「え、ええ、姉上、鼻息、荒いですよ?」
「ああ、ごめんなさい」
 あたしはヴィンから、一歩、離れた。
「それじゃあ、僕は尋問に立ち会います。姉上は先にお食事をなさってください」
 笑顔であたしに一礼し、お屋敷に向かうヴィンの背中を見ながら、あたしはある「不安」を抱いていた。

 今回、あるはずの短銃(ピストル)がなかった。つまり、前と違う展開になってるっていうこと。もしかしたら、ウンディーネ戦も、どこか展開の違うところがあるのでは?

 あたしは頭を振った。
「悪いことは考えない! とにかく、勝負あるのみよ!」


 ヴィンは尋問室に行き、ドアをノックした。
「僕だ、入るよ」
 中の返事を待たず、ヴィンは入る。中の了承を待たずにドアを開け入室したのは、拷問(ごうもん)が行われていた時、それをごまかす隙を与えないためだ。
 中の様子を見ると、アメリアは椅子に座らされ、手足を拘束されてはいるものの衣服に乱れはなく、見える限り、受傷はない。
 あらゆる種類の拷問をしないよう、厳命している。それをきちんと守っているようだ。さすがはシーレンベック侯爵の騎士たち、といったところか。
 トラウトマンが言った。
「なかなか強情な女です、若。何を聞いても、知らぬ存ぜぬ」
「だって本当に知らないもの。私、四大精霊の『シルフ』なんて通り名つけられてるけど、他のヤツとは会ったことはないし、依頼主、名前知らないし直接会ったこともないし、繋ぎ役、いつも違うヤツだし。ただ『アストリット・フォン・シーレンベックを殺せ』って言われただけだし。それに、お屋敷の短銃隠したの、私じゃないわよ? ていうか、そんな話、今、初めて聞いたし」
 アメリアを見てトラウトマンが言う。
「依頼主として濃厚なグートルーン・フォン・リヒテンベルクの名前を出してみましたが」
 鼻で嗤ってアメリアは答えるように言った。
「知らないわ、そんな女」
「この調子です」
 ため息をつくでもなく、呆れるでもなく、事務的にトラウトマンは言った。
 ヴィンはアメリアを見る。アメリアは馬鹿にするかのように、ヴィンを見ている。おそらくこれは虚勢の類いではなく、本当にこちらを小馬鹿にしているのだ。それだけ、肚(きも)が座っているといえた。ヴィンの経験から、それは間違いなかった。
「トラウトマン卿、例の部屋にこの女を」
「かしこまりました」

 尋問室を出て、ヴィンはある部屋に入る。小さなテーブルの上に魔法円や魔法陣を記したクロス、その上に香炉を置き、相手を催眠誘導する香を焚く。自分がその香を吸ってしまわないように、自分が背にした窓を小さく、ドア側に作った五つの小窓を開ける。小さく開けた風の取り入れ口から、勢いよく風が入り込んで、流れが作られるからだ。
 しばらくして、アメリアが連れてこられた。ヴィンの向かいに座らせ、アメリアと二人きりになる。
 フン、と鼻で嗤い、テーブルを挟んでヴィンと向き合う椅子に腰掛けながら、アメリアが言った。
「自白作用のある香? 嗅いだことないニオイね」
「僕が特別に調合したものだからね」
「ふうん。貴族のお坊ちゃまって、腐れた趣味のヤツが多いけど、『あなた』は違うのね?」
 意味深にヴィンを見る。少しだけ、自身の眉が動いたのを自覚したが、ヴィンは無視する。
 香の煙に顔を突っ込むのを、承知の上であるかのように身を乗り出し、アメリアは言った。
「あの女……あんたのお姉様、かなりのクワセ者よ? 私の剣をことごとくかわしたばかりか、剣をたたき折った。貴族の娘に出来る芸当じゃない」
「姉上は護身術を身につけているんだ」
「……。まあいいわ、そういうことにしておいてあげる。それから、グートルーン・フォン・リヒテンベルクなんて女も知らないわよ?」
 この女は、また同じ答えを返してきた。だが、まあ、いい。この香と催眠術で聞き出せばいいだけのこと。
「言っていられるのも今のうちだ、すぐにでも、君を天上楽土(ヴァルハラ)へと誘(いざな)って……」
「そうじゃないわ」
 と、またこっちを小馬鹿にするような笑いを顔面に貼り付けて言った。
「『グートルーン・フォン・リヒテンベルク』なんて女、本当に知らないの。つまり、そんな女はいない、って言ってんの」
「……?」
「私、仕事柄、この国のあちこち、それこそ山の中のド田舎にも行ったけど、リヒテンベルクなんて貴族、いなかったわ」
「…………!?」
「多分、サギ師ね」
「何を言っているのか、わからないけど、それも君の心から、直接聞き出すだけのことだ」
 ヴィンは小さな鈴(ベル)をチリンチリンと鳴らし、囁くように唄い始めた。

 部屋を出て、騎士たちの詰め所へ向かっていると、トラウトマンがこちらに向かってきていた。
「若、どうでしたか?」
 首を横に振り、ヴィンは答えた。
「ダメだね、本当に何も知らなかった」
「そうですか」
「今は眠らせてある。裁定については父上に委ねるけど、非公開の縛り首が相当だと思う」
 頷き、トラウトマンは詰め所に戻っていった。眠ったアメリアを連行するための人手を呼びに行ったのだろう。
 ヴィンは今し方出てきた部屋を見る。確かにアメリアの言う通り、アストリットに剣技のスキルはない。
「じゃあ、やっぱり……」
 そう呟き、ヴィンは食堂へ向かった。
 いつもより、随分遅い朝食になった。


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