アメリアは、騎士たちに引っ立てられていった。これから取り調べっていう。これで依頼人とかがわかればいいんだけど。 でも、次はウンディーネことグートルーン。あと、ハンナ。とりあえず、前のループと同じ形で進行させないと、まずいことになるわね、あたしに的に。 「ねえ、ヴィン、あなた、グートルーンについて徹底的に調べる、って言ってたわよね?」 「ええ」 「ぜひ、お願いね!」 「え、ええ、姉上、鼻息、荒いですよ?」 「ああ、ごめんなさい」 あたしはヴィンから、一歩、離れた。 「それじゃあ、僕は尋問に立ち会います。姉上は先にお食事をなさってください」 笑顔であたしに一礼し、お屋敷に向かうヴィンの背中を見ながら、あたしはある「不安」を抱いていた。
今回、あるはずの短銃(ピストル)がなかった。つまり、前と違う展開になってるっていうこと。もしかしたら、ウンディーネ戦も、どこか展開の違うところがあるのでは?
あたしは頭を振った。 「悪いことは考えない! とにかく、勝負あるのみよ!」
ヴィンは尋問室に行き、ドアをノックした。 「僕だ、入るよ」 中の返事を待たず、ヴィンは入る。中の了承を待たずにドアを開け入室したのは、拷問(ごうもん)が行われていた時、それをごまかす隙を与えないためだ。 中の様子を見ると、アメリアは椅子に座らされ、手足を拘束されてはいるものの衣服に乱れはなく、見える限り、受傷はない。 あらゆる種類の拷問をしないよう、厳命している。それをきちんと守っているようだ。さすがはシーレンベック侯爵の騎士たち、といったところか。 トラウトマンが言った。 「なかなか強情な女です、若。何を聞いても、知らぬ存ぜぬ」 「だって本当に知らないもの。私、四大精霊の『シルフ』なんて通り名つけられてるけど、他のヤツとは会ったことはないし、依頼主、名前知らないし直接会ったこともないし、繋ぎ役、いつも違うヤツだし。ただ『アストリット・フォン・シーレンベックを殺せ』って言われただけだし。それに、お屋敷の短銃隠したの、私じゃないわよ? ていうか、そんな話、今、初めて聞いたし」 アメリアを見てトラウトマンが言う。 「依頼主として濃厚なグートルーン・フォン・リヒテンベルクの名前を出してみましたが」 鼻で嗤ってアメリアは答えるように言った。 「知らないわ、そんな女」 「この調子です」 ため息をつくでもなく、呆れるでもなく、事務的にトラウトマンは言った。 ヴィンはアメリアを見る。アメリアは馬鹿にするかのように、ヴィンを見ている。おそらくこれは虚勢の類いではなく、本当にこちらを小馬鹿にしているのだ。それだけ、肚(きも)が座っているといえた。ヴィンの経験から、それは間違いなかった。 「トラウトマン卿、例の部屋にこの女を」 「かしこまりました」
尋問室を出て、ヴィンはある部屋に入る。小さなテーブルの上に魔法円や魔法陣を記したクロス、その上に香炉を置き、相手を催眠誘導する香を焚く。自分がその香を吸ってしまわないように、自分が背にした窓を小さく、ドア側に作った五つの小窓を開ける。小さく開けた風の取り入れ口から、勢いよく風が入り込んで、流れが作られるからだ。 しばらくして、アメリアが連れてこられた。ヴィンの向かいに座らせ、アメリアと二人きりになる。 フン、と鼻で嗤い、テーブルを挟んでヴィンと向き合う椅子に腰掛けながら、アメリアが言った。 「自白作用のある香? 嗅いだことないニオイね」 「僕が特別に調合したものだからね」 「ふうん。貴族のお坊ちゃまって、腐れた趣味のヤツが多いけど、『あなた』は違うのね?」 意味深にヴィンを見る。少しだけ、自身の眉が動いたのを自覚したが、ヴィンは無視する。 香の煙に顔を突っ込むのを、承知の上であるかのように身を乗り出し、アメリアは言った。 「あの女……あんたのお姉様、かなりのクワセ者よ? 私の剣をことごとくかわしたばかりか、剣をたたき折った。貴族の娘に出来る芸当じゃない」 「姉上は護身術を身につけているんだ」 「……。まあいいわ、そういうことにしておいてあげる。それから、グートルーン・フォン・リヒテンベルクなんて女も知らないわよ?」 この女は、また同じ答えを返してきた。だが、まあ、いい。この香と催眠術で聞き出せばいいだけのこと。 「言っていられるのも今のうちだ、すぐにでも、君を天上楽土(ヴァルハラ)へと誘(いざな)って……」 「そうじゃないわ」 と、またこっちを小馬鹿にするような笑いを顔面に貼り付けて言った。 「『グートルーン・フォン・リヒテンベルク』なんて女、本当に知らないの。つまり、そんな女はいない、って言ってんの」 「……?」 「私、仕事柄、この国のあちこち、それこそ山の中のド田舎にも行ったけど、リヒテンベルクなんて貴族、いなかったわ」 「…………!?」 「多分、サギ師ね」 「何を言っているのか、わからないけど、それも君の心から、直接聞き出すだけのことだ」 ヴィンは小さな鈴(ベル)をチリンチリンと鳴らし、囁くように唄い始めた。
部屋を出て、騎士たちの詰め所へ向かっていると、トラウトマンがこちらに向かってきていた。 「若、どうでしたか?」 首を横に振り、ヴィンは答えた。 「ダメだね、本当に何も知らなかった」 「そうですか」 「今は眠らせてある。裁定については父上に委ねるけど、非公開の縛り首が相当だと思う」 頷き、トラウトマンは詰め所に戻っていった。眠ったアメリアを連行するための人手を呼びに行ったのだろう。 ヴィンは今し方出てきた部屋を見る。確かにアメリアの言う通り、アストリットに剣技のスキルはない。 「じゃあ、やっぱり……」 そう呟き、ヴィンは食堂へ向かった。 いつもより、随分遅い朝食になった。
|
|