朝食を終えてあたしは、ふと考えた。
なんで、あたし、っていうかアストリットは、狙われているんだろう?
あたしは声に出して尋ねた。 「あの……! なんであたしって、狙われてるんでしょうか? 二人があたしを見て、それから二人がお互い顔を見合わせ、そして、また二人がこちらを見た。 なんだ、その海外ドラマみたいな反応? って前も同じこと思ったわ。 「なに、二人とも?」 あたしがそう聞くと、二人はまた顔を見合わせ、またこっちを見て。で、ヴィンが言った。 「ああ、えと、我々、貴族というものは、常に暗殺の危機にさらされているのです……」
とりあえずあたしは部屋に戻った。貴族の子女って、思ってた以上に忙しいから、今日も本来ならお勉強とか、施療院とか孤児院とかの慰問のボランティアがあったりするんだけど、サラマンダーがまだ捕まってないから、お屋敷に籠もってないとならない。 まあ、仕方がないわよねえ。外部から来る人は、その身元を確認してるとは言え、すり替わられている、とかって可能性もあるから用心した方がいい。 あたしがベッドに腰掛けて足をブラブラさせていると、ドアがノックされた。 『姉上、よろしいですか?』 ヴィンの声だわ。 「ええ、いいわよ」 入室の許可を出すと、ヴィンが入ってきた。 「姉上、本日は僕にも予定がありません。いかがですか、僕の部屋でチェスでも?」 チェス。知らないわねえ、ルール。今の口ぶりだと、アストリットはヴィンと、よくチェスをしてたっぽい。これはボロが出るわね、あたし、チェスのルール、知らないもの。 「うーん……。やめとくわ。それよりお天気もいいし、散歩したいな」 「散歩、ですか。……では、万が一のことを考えて、屋敷の敷地内なら。僕もお供します」 「本当? ヴィンがいたら、心強いわ」 ヴィンが、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべて、頷いた。 いやあ、助かるわ。ここの敷地、メチャクチャ広いし、どこがどうなってるか、確認したかったし。
まずは、順当に前庭。ここにはまるで平原を思わせるかのような芝生、森があるかのようなたくさんの木々、広い池(といっても透明度は高い)、お天気のいい午後なんかには優雅にお茶を飲むガゼボ(西洋風の東屋ね)。とにかくだだっ広い。馬車用の広い道がなかったら、絶対、森の中だと思うわね、ここ。 そして裏庭。ここは一部だけど、アメリアと決闘したんで、およそわかる。ここも大体。前庭と似たような感じだけど、裏手には林を模したような木々があって、その先には、かなり高い煉瓦塀がある。そして林とお屋敷の間にはお堀……っていうほど深くはないけど、見た感じ十メートルぐらいの水のベルト。 でも、裏庭は、詳しくは見てない。 「ねえ、ヴィン、西側の林っぽいところ、あそこには、何があるの?」 「ああ、あそこには倉庫があります」 「倉庫?」 「はい。非常時、こちらに逃げてきた際に活用できる武器が、隠してあるんです」 「……なんか、それ聞くと本当に身の危険があるんだなって、感じるわね……」 「? 何か仰いましたか、姉上?」 「あ、ううん、なんでもないわ」 あたしたちは、林の方に向かった。その時。 「あら? これ、シトラス? いい香り」 ヴィンが首を傾げる。 「シトラス? なんですか、それは?」 「え? 知らない? えーっと……」 「ああ、このオレンジのような香り、シトラスというのですか」 と、ヴィンが笑顔になって、納得してる。もしかして、この世界にはないのかな、シトラスって。それとも、シトラスって日本だけで通じる和製英語とか? あーもー、スマホがあったら、すぐに調べられるのにィー、もどかしーなー、もー! 「……姉上、すぐにこの場から離れましょう」 あたしが心の中で文句を言ってると、やたら警戒色をにじませたヴィンが、そんなことを言った。 「え? なんで?」 「この香り、程度は軽いんですが、体に麻痺……痺れをもたらす作用があります!」 「うそ!? ヤバいじゃんよ、それ!」 「なんですか、そのスラングは? ……姉上は誇り高いシーレンベック家の……、お小言は後です、走りますよ!」 そう言って、ヴィンはあたしの手を引いて走り始めたんだけど、あたし、長いスカートはいてるから、裾(すそ)を踏んでころんでしまった。 「姉上!」 ヴィンが倒れたあたしに向かってきた時。 何かが風を切る音がして、 「うぐッ!?」 という、ヴィンの声がした。起き上がってヴィンを見ると。 その胸、心臓の辺りに短い矢のようなものが刺さってた。 「ヴィン!?」 泣きそうな思いでヴィンに近づくと、ヴィンがこちらに倒れ込む。 「あ、あ……ね、う……え……にげ……て…………」 そう言って、ヴィンは動かなくなった。 「ヴィン! ヴィン!!」 あたしは大きな声でヴィンを揺さぶったけど、ヴィンは動かない。どうしよう、あたしのせいだ、あたしが庭を散歩したい、なんて言ったから! どうしよう、どうしよう、どうしよう!? 流れる涙を拭いもせず、ヴィンが逃げろと言ったくれたのにもかかわらず、あたしはそこにいた。 そして、風を切る音がして。 「ぐううッ!?」 背中に激痛が走って……。
ここは王と王妃の閨(ねや)。 深夜だったが、ある気配に、王妃は寝台(ベッド)から起き上がる。それにつられて、王も起き上がった。 「お前か」 王妃の問いに、閨に入り込んだ何者かが「はい」と答える。 王妃が寝起きとは思えぬ、はっきりとした口調で問うた。 「何用ですか?」 その何者かが「あること」を報告する。 それを聞き、王妃は少し考えてから言った。 「『ユミルの脚』を使いなさい。使わせるのは……」 王妃の命(めい)に頷き、その何者かは姿を消した。
「アストリット・フォン・シーレンベック、今ここでお前に婚約の破棄を言い渡す!」 「………………はいぃ?」 あたしは唖然(あぜん)となった。 「そして今この場で、この私、ハインリヒ・フォン・フォルバッハは宣言する! ここにいるグートルーン・フォン・リヒテンベルクを妻とすることを!」 「…………」 何遍(なんべん)やらす気だ、このくだり?
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