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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第21回   やば、惚れちゃったかも?
 立ち上がったハインリヒに、とりあえずあたしは。
「えと、あの。ごめんなさい」
 と謝った。
 ハインリヒは痛そうにしながらも笑顔を浮かべて言った。
「いや、気にしないでくれ。非は全面的に私にある。償い、というのではないが、もし困ったことがあったら、私に相談してくれ。きっと君の力になる。約束する!」
 最後の方は真剣な表情になってた。
 あ、どうしよう、この人、かっこいい。あらためて見ると、顔もあたし好みだし。……なんだか、ときめいちゃったわ。アストリットがなんで、過去にもこの人を引っ叩(ぱた)いていたのかわかんないけど、少なくともあたしがこの人を叩くなんて、考えられない。
「坊ちゃま、そろそろ、お時間です」
 執事さんが、そんなことを言うと、ハインリヒは執事さんに頷いて、こっちを向いて言った。
「申し訳ない、今日は王都に行かないとならないんだ。諸侯の男子のうち、領内で砲兵隊の指揮権を持った者の、いわば合同演習があるので」
 そして応接室を出て行った。
 あたしは思わず、あとを追っていた。
 正面玄関で、ハインリヒは振り返り、あたしをじっと見た。そして。
「必ず、君の助けになるから!」
 真剣な表情で、そう言い、屋敷を出た。
 あとに残ったあたしは玄関を出て、その背が馬車に乗るまで追いかけていた。

 夕食後、ヴィンが「二十一時(午後九時のことね)に、僕の部屋に来てください」って言ったんで、あたしはそれまでお屋敷の一階にある書庫で、本を読むことにした。今日の看護学の講義で(……しんどかったわ)本が普通に読めることがわかったのよ。でも。
 あたしには、書いてある文字が、日本語に見えたのよね。ひょっとしたら、ここって本当は日本なんじゃないの?

 ……ないないないない。

「ハインリヒって、なんか、かっこよかったなあ。……やばい、惚れちゃうかも〜」
 そんなことを呟いてニヤけている自分に気づき、誰が見ているわけでもないのにあたしは咳払いをして、顔をキリッと直した。そして書架を見て回ってて、ふと。
「初学者のための魔法−理論編、それと実践編。それに、この書架、魔法関係の本が並んでるみたい。へえ、貴族でも、こういう本、読むんだ。いや、そんなのは関係ないかな? それとも貴族だから読む、とか?」
 あたしが、理論編の方を手に取ろうとした時。
「お嬢さま」
 と、無感情な声がした。
 そっちを見ると、書庫の入り口にメイドさんが立っている。パトリツィアだった。確か、この人はヴィンの担当のチーフだ。
「なあに、パトリツィア?」
 無表情で、さらに無感情な声で彼女は言った。
「少々お時間、よろしいでしょうか?」
 あたしは書庫の柱時計を見る。まだ、午後八時半だ。
「ええ、いいわよ」
 そう言うと、パトリツィアは「失礼いたします」と一礼し、書庫に一歩入る。そして、静かに言った。
「サー・ハインリヒのことなのですが。あまりいい噂を聞きません」
「え? どういうこと?」
「領内で、これは、という娘を見つけると、言い寄って手込めにするとか。その時に子を身ごもる者がいても、何もせず、捨て置くのだそうです。見捨てられた娘の中には、子どもを産んでも育てる余裕がないために、おなかの中の赤子を堕ろす者もいるとか」
「……それ、本当?」
 パトリツィアは頷く。
 うわあ、さいてー。そんな感じには見えなかったけどな。
 あ、でもでも! あくまで「噂」よ、う・わ・さ!
「でも、パトリツィア、それ、噂でしょ?」
 あたしの言葉に、パトリツィアは何も応えない。なんでだろうと思って、彼女を見ていると、それまで無表情だった彼女の顔が歪んで、そして、うつむいて、右手で自分のおなかをおさえ、小刻みに震えたかと思ったら、
「失礼します」
 と左手で鼻と口をおさえ、小走りに書庫を出て行った。
 まさか、今のリアクションって……。

 ショックで、ぼーっとしてたら九時になったんでお屋敷の二階、あたしの部屋の隣の隣にあるヴィンの部屋に行った。
「ヴィン、いいかしら?」
『どうぞ、姉上』
 ドアを開けると。
「うっ、なに、このニオイ?」
 なんだか、異様なニオイがする。鼻を押さえたあたしは、ふと、
「これ、嗅いだことがある。いつだったか、ヴィンの部屋からと、あたしの部屋と……」
 そう呟いた時、ヴィンが言った。
「さあ、姉上、椅子におかけください」
 ヴィンが示した椅子の前には小さなテーブルがあり、その上に遠目からじゃわからないけど、一風かわった感じのクロスが掛けられてて、その上に香炉があった。
「お香の匂い? なんか、変なニオイね」
 そう言って、とりあえずあたしは椅子に座る。なんで、あたしの命が狙われているのか、知りたいもんね。
 ヴィンは向かい側に座り、微笑んで……。

「んあ?」
 あたしはベッドから起き上がる。
「朝か。サラマンダー、いったい何者なのかしら?」
 ベッドから出た時、ドアがノックされて、シェラが朝食の時間を告げに来た。


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