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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第20回   婚約破棄の理由、だったりして……
 ヴィンは食堂を出て行った。
 それを見送ると。
「ああ、そういえば、今日は看護学の日だったわ」
 ほんと、気が滅入るわ、一日中、講義とか。
 あたしもドアを開け、廊下に出る。そして、講義が行われる部屋へ向かって歩き始めた時。
「あれ、なにこれ、いい香り。シトラス、かな?」
 なんか、辺りにシトラスっぽい香りが漂ってきてる。あたし、フレグランスはムスク系を使ってるんだけど、シャンプーはシトラス系を使ってたのよね、……元の世界じゃあ。懐かしいなあ、早く帰りたいなあ。
 そんなことを思ってなんとなく振り返ったら、廊下の角の方から足音がして、誰かが来る気配があった。角を曲がってやって来たのは、シェラだった。
 シェラはあたしを見ると、立ち止まって言った。
「お嬢さま、これからの予定ですが、ヘルミーナメイド長の講義があったと承っております。実は、お客様がお見えなのですが」
「え? お客様? こんな朝早くに?」
「はい。忙しい中、捻出できたのが今の時間だけとのことです。ですが、お嬢さまにお会いになるおつもりがないのであれば、お帰り願います」
「そう。で、誰が来たの?」
「ハインリヒ・フォン・フォルバッハ卿(きょう)です」
 あー、あの野郎か。どうしよっかなー? アストリットとしては、追い返すべきなんだろーなー。うーん、悩ましいなあ。
 シェラはあたしの返事を待ってる。
 うん、そうだね、一応、会ってみよう。で、平手打ち……で、いいのかな? 貴族の子女って、そんなことしたりするのかなあ?
 まあ、いいや。
「わかった。会うわ」
「かしこまりました。応接室にお通ししております」
 で、シェラのあとについて、応接室に向かった。
 気がつくと、シトラスの香りは消えていた。

 応接室に行くと、ソファに軍服(?)を着た二十代中頃の青年が座ってて、その近くに執事らしい初老の紳士が立ってる。で、ボブカットの、うちのメイドさん……確か、パトリツィアって人……が給仕していた。
 青年の顔には覚えがある。二回見てるし。……あれ? 三回、かな? まあいいや。
 あたしが近づくと、青年が立ち上がり、神妙な表情をこっちに向けた。そして。
「フロイライン・アストリット、貴女(あなた)には、たいへんなことをしてしまった。本当に申し訳なく思っている。この通りだ、どうか許して欲しい」
 そう言って、深々と礼をする。あたしとしては、正直、こんな風に丁寧な謝罪を受けるいわれはないんで、むしろこっちの方が申し訳ないんだけど、アストリットとしては激怒するところよねえ。
 なので。
「ハインリヒ、顔を上げて?」
 その言葉にハインリヒが顔を上げてこっちを見る。それを見計らって、あたしは右手で彼の左頬を思い切り張った。
 するとハインリヒは。
「ぶぱあッ!?」
 そんな悲鳴を上げ、破裂音とともに、クルクルクルー、って宙できりもみ回転して、吹っ飛んだ。
「え……、うええええええっ!? なになになになに!?」
 なんで平手打ちで、吹っ飛んじゃったの、この人!?
 床に倒れ込んだハインリヒに、執事さんが駆け寄り、「坊ちゃま!?」と介抱する。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、大丈夫だ、フェリクス……」
 鼻血をダラダラ流しながら、起き上がるハインリヒに、執事さんがハンカチをあてる。それで鼻血を拭いて、鼻を押さえながらハインリヒが言った。
「だんだん強烈になるね、君の一撃は……」
 え? だんだん、強くなる? 何を言って……。
「あ」
 その時、あたしはある言葉を思い出した。

「君の微笑みは人々を和(なご)ませるものではなく、誰かを見下すものになってしまったのだ!」

 えーと。
 あたしは右手を見る。
 執事さんに気遣われながら、「大丈夫だ」とか言ってるハインリヒを見る。
 もしかして、アストリットって、交際中にハインリヒをしょっちゅう引っ叩(ぱた)いてた?
 ひょっとして。

 ひょっとして、婚約の破棄って、アストリットに原因があったりして……。


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