「あああ〜結局、一睡も出来なかった〜」 ヴィンにループの話をした後の記憶が、全っ然ないわ〜。一体、何があったの〜? あたしはもそもそとベッドから出て、両足を床に着いた時、ドアがノックされた。 入室の許可を出すと、メイドさんが入ってきて朝の挨拶をした後、こんなことを言った。 「お嬢さま、事情はヴィンフリート様から伺っております。朝食の前に、軽く鍛錬をしようと、アメリアが申しておりますが。いかがなさいますか?」 「……………………………………え?」 「昨日(さくじつ)は領主様のご下命でヒューゲル伯爵の御領(ごりょう)へ伺っておりましたが、昨夜遅くに戻って参りました。アメリアも心配しております。ご存じのように、アメリアはお嬢さまの護衛を務めることもある、武術者です」 「いやいやいやいや、ちょっと待って、話がわからない」 メイドさんは笑顔で要点だけを言う。 「復讐するに際し、相手の防衛は必至。必ず勝利を収めるためには、鍛錬が必要、とアメリアが申しておりました。運動の出来るお召し物で、裏庭へお越しください。それでは」 一礼し、メイドさんはドアを閉めた。 ええっとう。 今の話をストレートに受け取ったら。 「ぐああぁ〜。そこまで巻き戻ったか〜」 頭を抱え、あたしはベッドと壁の隙間からフリントロック式の短銃を出した。 また、アメリアとの勝負をやるとか、信じられないんですけど〜?
で、おんなじことの繰り返しで、アメリア倒して、ウンディーネ倒して、ハンナ倒して。 なんか、だんだん殺し方の手際がよくなっていってて、このままだとあたし、殺し屋になっちゃうんじゃないかしら?
そしてウンディーネを倒した翌日。 朝食を終えた後、父親であるシーレンベック侯ゴットフリートが、あたしとヴィンを残して人払いをし、話を始めた。 「残るはサラマンダーだけだが」 うわあ…………。 ほんとに繰り返してきたわ……。 ヴィンがその後を続ける。 「屋敷勤めをしている者は、すべてその素性を洗いました。問題はありません。もし現れるとすると、出入りの商人、教師、楽士となりますが。教師については、その身元が保障された者だけが来ますので問題はありませんが、商人、楽士たちは、その都度、事前に調べませんと」 「うむ。では、当分の間、舞踏会の類いは、さけることにしよう」 「では、その間(かん)の、諸侯との交流は?」 「そうだな……」 と、お父様は黙ってしまった。ヴィンも何も言わない。 さて、と。 あたしもループに従って、おんなじこと言った方がいいのかな? そんなことを考えていたら。 同じようにしばらく考えていたお父様が、小さく「うむ」と呟いて言った。 「とりあえず、私が病気になったことにしよう。我が領内での、今月の舞踏会はもうすんでいるから、しばらく時間は稼げる。他の貴族の来訪もご遠慮願うよう、領内の執政参与にも通達しておく」 「では、諸侯の舞踏会へは、僕が父上の名代(みょうだい)ということで、参加いたします」 「ああ、頼む」と、お父様は頷いた。 あー、えーと。 あたしがなんで狙われてるのか、それが知りたいんだけど。 この前聞いた、「貴族への妬み」ってことでいいのかな? 二人がサラマンダーについての話を再開したとき。 食堂のドアがノックされた。お父様が入室の許可を出すと、ドアを開けて入ってきたのはメイド長のヘルミーナさんだ。年齢は四十前後、メガネをかけて、ちょっと神経質そうで、実際、いろいろとうるさい。確かに有能な人なんだけれど。 「ご主人様、ライトマイヤー様の伝令がお見えになりました」 「ロード・ワルターの? ということは、例の紋章官について、何かわかったのか?」 「私には、何も。ご主人様に直々に申し上げたいと」 「うむ、わかった」 そう言って、お父様は立ち上がり、食堂を出て行った。 後に残されたあたしとヴィン。一応、聞いてみるか。 「ねえ、ヴィン。なんであたし、狙われてるの?」 「…………は?」 ヴィンが怪訝そうな表情になる。 「あの、姉上? 何を仰っているのですか?」 「だから、あたしが狙われる理由。貴族への妬みっていうやつ?」 ため息をつき、あたしの顔をじっと見ていたヴィンだけど。 「申し訳ありません、今日は、僕は馬上鎗(ランス)の鍛錬で、領内北方のアルテンブルク伯のところへ行かねばなりません。今夜、また改めて、お話し致しましょう」 そう言って、食堂を出て行った。
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