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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第18回   謎の影
 気がつくと、あたしは、どこともわからない薄暗い空間に浮いて、漂っていた。一体、何が起きたのか、頭がぼんやりしてよくわからない。
 ふと。
 下を見ると、丸い穴が開いていた。その縁(ふち)は、もやのように不明瞭で不定形で。そして、その穴の中に、二つの人影がある。あたしは、その人影を斜め上から見ている。その人影は一メートルぐらい離れて向き合い、胡座かいて座っている。なんとなくだけど、二つとも女の人っぽい。
 あいかわらず頭はぼんやりしてるけど、それでもどうにかあの人影を確認したくて近づこうとした時。


 なんだか強い力で、ものすごい速さで、どこかに引っ張られていった……。


「……ッ!?」
 今、なんか、大きな音、しなかった!?
 あたしは起き上がる。ベッドの上、部屋の中はまだ暗い。
「時計は……。そうか、ライト機能はないんだ、この世界の時計。それよりは」
 あたしはベッドから出た。そしてドアへ向かう。あたしの部屋の前には、警護の女性騎士(デイム)がいるから、もし大きな音が起きてたら、彼女も聞いてるはず。
 ドアを開けると、横から、すぐに静かな声がした。
「どうかなさいましたか、お嬢さま?」
 廊下には、照度を落とした明かりが灯っていた。ドアのそばに立っている鎧を着て剣を佩(は)いた騎士は、あたしより長身で、赤毛の短髪。で、左のほっぺたに傷跡がある。きっと稽古か実戦でついた、剣の傷跡なのね。きれいな人なのに、もったいない。
 ちなみに、名前はガブリエラ・メルダース。騎爵じゃないんで、「フォン」はつかないのだそうだ。「フォン」がついたりつかなかったり、なんか、ややこしいな。
「ねえ、今、大きな音がしなかった?」
 夜なんで、あたしも静かな声でそう聞くと、彼女は柔らかな笑みを浮かべて、首を横に振った。
「いえ、静かな夜ですよ?」
「そう……」
「夢でも、ご覧になったのでは?」
 うーん、夢、だったのかなあ……?
「さあ、まだ、夜は長うございます。お休みくださいませ」
「うん。……あれ?」
「どうかなさいましたか?」
 あたしが首を傾げたんで、ガブリエラも怪訝な表情になった。
「うん。廊下の向こうに、白い影が……。なんか、メイドさんっぽい格好をしてたように見えたけど」
 振り返り、あたしが見た方を確認して、ガブリエラは、また笑みを浮かべて言った。
「何者もおりませんよ。それにメイドたちの宿舎は、南東の別棟(べつむね)にございます。そもそもこんな時間にメイドがお屋敷に来るというのは、考えられません。お嬢さまお付きの者は、隣室に控えておりますから、確認なさっては?」
「そうよ、ね……。そこまですることはないわ」
「きっとお嬢さまは、婚約破棄の件で、お疲れになっていらっしゃるのでしょう」
「……ねえ、今、何時?」
 ガブリエラは左腰の辺りをごそごそやって、そこからチェーンに繋がれた懐中時計を引っ張り出すと、
「午前一時半でございます」
 と答えた。
「そう。いつもありがとうね」
「お気遣い有り難うございます。お休みなさいませ」
 一礼したガブリエラに軽く右手を振ってから、あたしはドアを閉じた。
 窓から差し込む淡い光を頼りに、あたしはベッドに潜り込む。
「そうか、気のせいか……」
 そこまで呟いて、あたしはガバッと起き上がった。
「…………ちょっと待って!? ヴィンにループの話をした後の記憶が、まったくないって、どういうこと!?」
 食事を終えて、難しい話を終えた後、ヴィンにループの話をした。で、ヴィンが食堂を出て行って……。
 それから、あたし、どうしたの!?
 いろいろと考えるけど、思い出せない! なに!? ちょっと待って!? あのあと、何があったの!? なんで、いきなりベッドに寝てるの!?
 そして、あたしは眠れぬ夜を過ごした……。


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