気がつくと、あたしは、どこともわからない薄暗い空間に浮いて、漂っていた。一体、何が起きたのか、頭がぼんやりしてよくわからない。 ふと。 下を見ると、丸い穴が開いていた。その縁(ふち)は、もやのように不明瞭で不定形で。そして、その穴の中に、二つの人影がある。あたしは、その人影を斜め上から見ている。その人影は一メートルぐらい離れて向き合い、胡座かいて座っている。なんとなくだけど、二つとも女の人っぽい。 あいかわらず頭はぼんやりしてるけど、それでもどうにかあの人影を確認したくて近づこうとした時。
なんだか強い力で、ものすごい速さで、どこかに引っ張られていった……。
「……ッ!?」 今、なんか、大きな音、しなかった!? あたしは起き上がる。ベッドの上、部屋の中はまだ暗い。 「時計は……。そうか、ライト機能はないんだ、この世界の時計。それよりは」 あたしはベッドから出た。そしてドアへ向かう。あたしの部屋の前には、警護の女性騎士(デイム)がいるから、もし大きな音が起きてたら、彼女も聞いてるはず。 ドアを開けると、横から、すぐに静かな声がした。 「どうかなさいましたか、お嬢さま?」 廊下には、照度を落とした明かりが灯っていた。ドアのそばに立っている鎧を着て剣を佩(は)いた騎士は、あたしより長身で、赤毛の短髪。で、左のほっぺたに傷跡がある。きっと稽古か実戦でついた、剣の傷跡なのね。きれいな人なのに、もったいない。 ちなみに、名前はガブリエラ・メルダース。騎爵じゃないんで、「フォン」はつかないのだそうだ。「フォン」がついたりつかなかったり、なんか、ややこしいな。 「ねえ、今、大きな音がしなかった?」 夜なんで、あたしも静かな声でそう聞くと、彼女は柔らかな笑みを浮かべて、首を横に振った。 「いえ、静かな夜ですよ?」 「そう……」 「夢でも、ご覧になったのでは?」 うーん、夢、だったのかなあ……? 「さあ、まだ、夜は長うございます。お休みくださいませ」 「うん。……あれ?」 「どうかなさいましたか?」 あたしが首を傾げたんで、ガブリエラも怪訝な表情になった。 「うん。廊下の向こうに、白い影が……。なんか、メイドさんっぽい格好をしてたように見えたけど」 振り返り、あたしが見た方を確認して、ガブリエラは、また笑みを浮かべて言った。 「何者もおりませんよ。それにメイドたちの宿舎は、南東の別棟(べつむね)にございます。そもそもこんな時間にメイドがお屋敷に来るというのは、考えられません。お嬢さまお付きの者は、隣室に控えておりますから、確認なさっては?」 「そうよ、ね……。そこまですることはないわ」 「きっとお嬢さまは、婚約破棄の件で、お疲れになっていらっしゃるのでしょう」 「……ねえ、今、何時?」 ガブリエラは左腰の辺りをごそごそやって、そこからチェーンに繋がれた懐中時計を引っ張り出すと、 「午前一時半でございます」 と答えた。 「そう。いつもありがとうね」 「お気遣い有り難うございます。お休みなさいませ」 一礼したガブリエラに軽く右手を振ってから、あたしはドアを閉じた。 窓から差し込む淡い光を頼りに、あたしはベッドに潜り込む。 「そうか、気のせいか……」 そこまで呟いて、あたしはガバッと起き上がった。 「…………ちょっと待って!? ヴィンにループの話をした後の記憶が、まったくないって、どういうこと!?」 食事を終えて、難しい話を終えた後、ヴィンにループの話をした。で、ヴィンが食堂を出て行って……。 それから、あたし、どうしたの!? いろいろと考えるけど、思い出せない! なに!? ちょっと待って!? あのあと、何があったの!? なんで、いきなりベッドに寝てるの!? そして、あたしは眠れぬ夜を過ごした……。
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