朝食を終えた後、父親であるシーレンベック侯ゴットフリートが、あたしとヴィンを残して人払いをし、話を始めた。 「残るはサラマンダーだけだが」 シーレンベック侯爵は、今の王妃の遠い親戚になるそうだ。年齢は四十七歳っていうことだけど、四十歳そこそこっていってもいいぐらい若々しい。そして、太い声やひげも相まって、すごく威厳がある。 ヴィンがその後を続ける。 「屋敷勤めをしている者は、すべてその素性を洗いました。問題はありません。もし現れるとすると、出入りの商人、教師、楽士となりますが。教師については、その身元が保障された者だけが来ますので問題はありませんが、商人、楽士たちは、その都度、事前に調べませんと」 「うむ。では、当分の間、舞踏会の類いは、さけることにしよう」 「では、その間(かん)の、諸侯との交流は?」 うわあ、ついてけないわ。あたし、聞いてるだけ。 「そうだな……」 と、お父様は黙ってしまった。ヴィンも何も言わない。 沈黙に耐えられなくなって、あたしは口を開いた。 「あの……」 二人の視線が同じタイミングで突き刺さる。 ぐあ……。授業で先生に当てられた気分だわ。 そのプレッシャーをどうにか押し返し、あたしは言った。 「殺し屋たちが、なんであたしを狙ってるんでしょうか……?」 あたしの最初の想定は「復讐の先回りで、グートルーン嬢があたしを狙ってる」だった。でも、その当のグートルーン自体が殺し屋チームの一人・ウンディーネだったし、そもそもチームの一人・ノームがあたしを殺しに来たのは婚約破棄の前。 すると、あたしが狙われてるのは、なんで?っていう疑問が生まれてくる。あたしはここの人間じゃなく、小松崎(こまつざき)未佳(みか)っていう女子高校生なんだから、こちらの事情は知らない。これはもう、アストリット嬢そのものか、シーレンベック家にその理由があるとしか思えない。くどいけど、そもそもあたしは、この世界の人間じゃないんだから。 だから、ひょっとしたら、狙われる理由がわかれば、対処できるかも、って思ったんだ。 二人があたしを見て、それから二人がお互い顔を見合わせ、そして、また二人がこちらを見た。 なんだ、その海外ドラマみたいな反応? 「なに、二人とも?」 あたしがそう聞くと、二人はまた顔を見合わせ、またこっちを見て。で、ヴィンが言った。 「あ、ああ、いえ、姉上に心当たりがないのですか。でも、逆恨みということも、じゅうぶん考えられます。我々のような身分の者は敵も多く、暗殺の対象になりやすいのです。ほら、四ヶ月前にも、ハイゼンベルク伯ハンスが病死なさいましたが、実のところは毒殺だったようです。犯人についてはまだわかっていないようですが、所領を襲った弟のサー・マルセルではないかといわれています」 ここでいったん切り、ヴィンはグラスの中の水を一口飲んで、大きく息をつく。 「下々の者は我々、貴族の身分を羨望、そして妬みのまなざしで見ますが、それは華やかな面だけを見ているに過ぎない。実態はドス黒い思惑と、他者を見下す嘲笑が渦巻く魔窟。華やかな面も、実質の伴わない薄っぺらな紙細工のようなもの。自分でも、時々イヤになります」 沈んだ表情でヴィンは言う。ふと、お父様を見ると、お父様も腕を組んで難しい顔をしてる。 それを見て、あたしは決心した。
話そう。 あたしがこの世界の住人じゃないこと。 理由はわからないけど、ここにいるのは日本の女子高校生・小松崎未佳であって、アストリット・フォン・シーレンベックじゃないこと。ループ……同じ時間を繰り返して、殺し屋たちを倒していたこと。 理解してもらうのは難しいと思うけど、とにかく話そう。
「ねえ、二人とも、聞いて欲しいことがあるの」 ヴィンとお父様があたしを見る。 あたしが、決意を固めて口を開いた時だった。
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