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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第15回   新しいメイドさん
 異様なニオイで目が覚めた。
「なに、このニオイ?」
 あたしは起き上がってベッドから出ると、パジャマ姿のまま、ドアを開けた。ドアのそばにいた警護の女性の騎士(鎧と鎗だけ装備してるから、顔がわかる)がこちらを見て「おはようございます」と一礼する。
 このお屋敷、夜は一時間おきに護衛の騎士が夜回りをしているんだけど、ノームがあたしの暗殺を企んでいるのが発覚してからは、二十四時間、あたしの部屋のそばに女性騎士(デイム)(そうなのよ! この領地には、結構な数、いるのよ、女性の騎士が!)が三交代で待機して、ガードしてくれてる。あ、あたしがいない時にもいるのは、誰かが侵入して、毒虫とか、変な罠を仕掛けないように、っていう配慮。
 ……あたしの警護が、女性の騎士の理由、わかるよね?
 それはそれとして。
「ここは、ニオイ、しないわね? ということは、あたしの部屋だけ、ニオイがするのか」
 ぼんやりとした頭で記憶の底をさらうけど。
「……駄目だ、出てこない。どこかで嗅(か)いだはずだけど。もしかして、元の世界でだったのかな?」
 まあいいや。
 とりあえず、あたしは部屋の中に戻る。そしてベッドの上に寝転ぶ。
「残るは、サラマンダーか。あーもー、めんどくさいなあ。実は、ここには潜り込んでませんでした、ってならないかなあ? ていうかぁ。グートルーンが死んじゃったんだから、もう大丈夫なんじゃないのぉ?」
 あたし、いつまでこっちの世界にいないとなんないのかなあ? 転移ならともかく、転生だったら、元の世界じゃもう死んじゃってるから、ずっとここにいないとならないし。
 ……ていうか、アストリット、って人、もともとここにいた人なのよね……。
 ふと。
 あたしは起き上がった。
「そうよ。もともと、ここにいたのよ、アストリットって人! じゃあ、もしかして、異世界同士で入れ替わり、いうなれば、異世界交換!? とすると、アストリットが、向こうで小松崎未佳として生活してる、とか!? もしそうなら、どうやったら、また交換できるの!?」
 あたしが、うんうんと悩んでいると、ドアがノックされた。
「はーい」
 ベッドから起き上がって入室を許可する。
 この問題については、また後で考えよう。でも、相談できる人がいない、っていうのは痛いわねえ。
 あたしがそんなことを考えてると、「失礼致します」と、ドアが開けられた。そしてそこにいたメイドさんが言った。
「お嬢さま、朝食でございます。お召し物を整えて、食堂までお越しくださいませ」
 初めて見る顔だった。
 数日程度だけど、お屋敷にいるメイドさん全員には、会ってるはず。で、記憶をたどっても、この人は見た覚えがない。あたしは、その人をじっと見た。
 ルビーで染め上げたような長くてまっすぐな髪、エメラルドのような澄んだグリーンの瞳、そして褐色の肌。どこかエキゾチックな魅力を持った美女だ。
 …………あれ? なんか見覚えがある。あたし、この人に会ったことない? えーっと、どこで会ったんだっけ?
「ねえ、あなた、お屋敷にずっといた人?」
 失礼とは思ったけど、聞いてみた。
 メイドさんが一礼してから答えた。
「ご領地の東へ歩いて一日ほどのところに、ご領主様の庇護をいただいているゲリッケという町がございます。わたしはそこの出身でございますが、そちらにおります母が、急な病に倒れてしまいました。すでに父は他界し、兄弟も頼れる身内もおりません。そんなわたしの心中(しんちゅう)を察してくださったご領主様が、里帰りを許してくださったお陰で、母の看病に帰ることがことができました」
「そう。で、お母さんの具合は?」
「はい。おかげさまで、病気も快癒いたしました。ご領主様のお陰でございます」
 と、メイドさんが一礼する。
 あたしはホッと胸をなで下ろした。看病に帰ったけど、その甲斐もなく、っていうのじゃあ、あんまりだもんね。
「お嬢さま、わたしのことを、お忘れですか?」
「うえれっふうぅぅ!」
 いけない、奇声が出ちゃった! あたし、この人のことを知ってないとおかしいわ!
「え、えと、あの……!」
「……そうですよね、わたし、影、薄いですもんね、よよよよよよ……」
 メイドさんがハンカチで目を押さえる。
 ちょっと、まずいかも知れない。お屋敷の中で知らない人がいたら、なんでその人を知らないのか、ってことになる。あたしがどう言い訳しようか、と思って心の中であたふたしていると。
「まあ、仕方がございません。こちらにご奉公に上がって、二、三日でゲリッケへ戻りましたし。こちらに上がって、先輩方にご指導いただいている時、わたしは遠目にでもお嬢さまを拝見致しましたが、その時、お嬢さまはこちらを見てはいらっしゃらなかったですから……」
 天井を見て何やら考えていた女性は、こちらを見て笑顔を浮かべて言った。
「お嬢さまはわたしのことをご存じないかも知れません」
「なによ、それ? 結局、あなたのこと、知らないんじゃない」
「申し訳ございません」と、メイドさんは笑顔で一礼する。
「……まあ、いいわ。あなた、お名前は?」
「わたしの名前は、シェエラザードと申します。シェラとお呼びください」
 そう言って、シェラはまた一礼した。


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