異様なニオイで目が覚めた。 「なに、このニオイ?」 あたしは起き上がってベッドから出ると、パジャマ姿のまま、ドアを開けた。ドアのそばにいた警護の女性の騎士(鎧と鎗だけ装備してるから、顔がわかる)がこちらを見て「おはようございます」と一礼する。 このお屋敷、夜は一時間おきに護衛の騎士が夜回りをしているんだけど、ノームがあたしの暗殺を企んでいるのが発覚してからは、二十四時間、あたしの部屋のそばに女性騎士(デイム)(そうなのよ! この領地には、結構な数、いるのよ、女性の騎士が!)が三交代で待機して、ガードしてくれてる。あ、あたしがいない時にもいるのは、誰かが侵入して、毒虫とか、変な罠を仕掛けないように、っていう配慮。 ……あたしの警護が、女性の騎士の理由、わかるよね? それはそれとして。 「ここは、ニオイ、しないわね? ということは、あたしの部屋だけ、ニオイがするのか」 ぼんやりとした頭で記憶の底をさらうけど。 「……駄目だ、出てこない。どこかで嗅(か)いだはずだけど。もしかして、元の世界でだったのかな?」 まあいいや。 とりあえず、あたしは部屋の中に戻る。そしてベッドの上に寝転ぶ。 「残るは、サラマンダーか。あーもー、めんどくさいなあ。実は、ここには潜り込んでませんでした、ってならないかなあ? ていうかぁ。グートルーンが死んじゃったんだから、もう大丈夫なんじゃないのぉ?」 あたし、いつまでこっちの世界にいないとなんないのかなあ? 転移ならともかく、転生だったら、元の世界じゃもう死んじゃってるから、ずっとここにいないとならないし。 ……ていうか、アストリット、って人、もともとここにいた人なのよね……。 ふと。 あたしは起き上がった。 「そうよ。もともと、ここにいたのよ、アストリットって人! じゃあ、もしかして、異世界同士で入れ替わり、いうなれば、異世界交換!? とすると、アストリットが、向こうで小松崎未佳として生活してる、とか!? もしそうなら、どうやったら、また交換できるの!?」 あたしが、うんうんと悩んでいると、ドアがノックされた。 「はーい」 ベッドから起き上がって入室を許可する。 この問題については、また後で考えよう。でも、相談できる人がいない、っていうのは痛いわねえ。 あたしがそんなことを考えてると、「失礼致します」と、ドアが開けられた。そしてそこにいたメイドさんが言った。 「お嬢さま、朝食でございます。お召し物を整えて、食堂までお越しくださいませ」 初めて見る顔だった。 数日程度だけど、お屋敷にいるメイドさん全員には、会ってるはず。で、記憶をたどっても、この人は見た覚えがない。あたしは、その人をじっと見た。 ルビーで染め上げたような長くてまっすぐな髪、エメラルドのような澄んだグリーンの瞳、そして褐色の肌。どこかエキゾチックな魅力を持った美女だ。 …………あれ? なんか見覚えがある。あたし、この人に会ったことない? えーっと、どこで会ったんだっけ? 「ねえ、あなた、お屋敷にずっといた人?」 失礼とは思ったけど、聞いてみた。 メイドさんが一礼してから答えた。 「ご領地の東へ歩いて一日ほどのところに、ご領主様の庇護をいただいているゲリッケという町がございます。わたしはそこの出身でございますが、そちらにおります母が、急な病に倒れてしまいました。すでに父は他界し、兄弟も頼れる身内もおりません。そんなわたしの心中(しんちゅう)を察してくださったご領主様が、里帰りを許してくださったお陰で、母の看病に帰ることがことができました」 「そう。で、お母さんの具合は?」 「はい。おかげさまで、病気も快癒いたしました。ご領主様のお陰でございます」 と、メイドさんが一礼する。 あたしはホッと胸をなで下ろした。看病に帰ったけど、その甲斐もなく、っていうのじゃあ、あんまりだもんね。 「お嬢さま、わたしのことを、お忘れですか?」 「うえれっふうぅぅ!」 いけない、奇声が出ちゃった! あたし、この人のことを知ってないとおかしいわ! 「え、えと、あの……!」 「……そうですよね、わたし、影、薄いですもんね、よよよよよよ……」 メイドさんがハンカチで目を押さえる。 ちょっと、まずいかも知れない。お屋敷の中で知らない人がいたら、なんでその人を知らないのか、ってことになる。あたしがどう言い訳しようか、と思って心の中であたふたしていると。 「まあ、仕方がございません。こちらにご奉公に上がって、二、三日でゲリッケへ戻りましたし。こちらに上がって、先輩方にご指導いただいている時、わたしは遠目にでもお嬢さまを拝見致しましたが、その時、お嬢さまはこちらを見てはいらっしゃらなかったですから……」 天井を見て何やら考えていた女性は、こちらを見て笑顔を浮かべて言った。 「お嬢さまはわたしのことをご存じないかも知れません」 「なによ、それ? 結局、あなたのこと、知らないんじゃない」 「申し訳ございません」と、メイドさんは笑顔で一礼する。 「……まあ、いいわ。あなた、お名前は?」 「わたしの名前は、シェエラザードと申します。シェラとお呼びください」 そう言って、シェラはまた一礼した。
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