真っ暗な中に、一人の若い女性がいる。そして、その女性を、白い薄煙(うすけむり)が取り巻いていた。 輝くような長い赤毛に、エメラルドをはめ込んだような双眸(そうぼう)。そして、額には金色のサークレット。そのサークレットの中央には、「目」を模したようなフレームがあり、その中のアメジストが妖しい光を放っている。 首飾りがあって、そのトップは翼を開いた鳥のようだ。 真っ暗なのに、着ている服の色が濃紺だっていうのがわかる。
‘誰? あなたは、誰なの?’
そう問うけれど、返事はない。 女性はあたしの問いとは関係のないことを言った。
‘それで、あなたはどうしたらいいと思うの?’
‘え? なに? なんのこと?’
‘あなたにとって、最善の行動は何?’
‘なんのこと? あなたが何を言っているのか、わからないわ あなた、何者なの?’
女性の言葉の意味がわからないまま、やがて、あたしの意識は遠のいていった……。
あたしは、右手にフリントロック式の短銃(ピストル)を持ってベッドに腰掛けていた。 「……え? なに、これ? あたし、なんでこんなところにいるの……?」 辺りを見回す。あたしの部屋じゃない。 「ちょっと待って? なんなの、ここ?」 あたしは、普通の女子高生のはずなのに、ここって、まるで中世ヨーロッパみたい。 何が何だかわからないまま、あたしは短銃を見る。その瞬間。
「………………あ、そうか……」
記憶がよみがえってきた。 「フリントロックを持ってるってことは、明日はアメリアとの一戦か。つまり」 あたしは短銃を両手で握り込むように持つ。 「ループしてるんだ!」 よくわからないけど、あたしの時間はこの世界でループしてる! 確信した、これはデジャブなんかじゃないんだ! 「ということは、もしかしたら、このループを終わらせることが出来たら、あたし、元の世界に帰れるってこと!?」 普通に考えれば、そうなんだろう。ということは、明日、アメリアに勝って、それから。 「……グートルーンに勝たないと。でも」 高台のてっぺんにいたのに先回りするなんて、それこそ瞬間移動をしたか、あるいは。 「……双子」 グートルーンは双子で、一人が高台のてっぺん、一人が高台の下にいた。だから、瞬間移動したかのように見えた。でも、それだとすると……。 あたしは考えて、メイドの一人にあの高台の「案内図」を持ってきてもらった。
アメリアとの勝負は、楽勝だった。例によって、なぜか相手の剣筋がゆっくりと見えて、あたしの右の太ももを狙った剣を弾いたあと、間合いをとって、あたしは言ってやった。 「残念だったわね、シルフ」 その瞬間、アメリアの表情が強ばり、そして凶悪なものになる。 「どうしてそれを……!」 「ごめんなさい、いろいろと事情とか聞きたいけれど、あたしには手加減して捕まえて、とか、そんな技術、ないから」 そして銃を抜き、驚いているアメリアの胸に銃弾を撃ち込んだ。 卑怯、って思われるかも知れないけど、これ、殺し合いだから。
ただ。
平然と人を殺してる自分に、自己嫌悪。
そのあと、やってきたヴィンに聞いた。 「ねえ、ヴィン、もしかして、グートルーン嬢って、双子なの?」 「え? どういうことですか、姉上?」 「うん、ちょっとね?」 少し考える素振りを見せてから、ヴィンは答えた。 「よくわかりません。リヒテンベルクという貴族の名前も、初めて聞きますから、おそらく所領を持たない貴族だと思われます。となると、我が領内のアルテンブルク伯爵や、プレーディガー子爵のように、どこかの領地に住んでいる貴族か、と」 その時、一人の女性が駆け寄ってきた。母親、マクダレーナ・フォン・シーレンベックだ。 「ああ、アストリット、無事だったのね!」 そしてあたしを抱きしめる。 そのぬくもりを心地よく感じながら、あたしはヴィンに言った。 「調べておいてね、ヴィン」 ヴィンが頷いた。
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