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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第一部 作者:ジン 竜珠

第10回   バザール
 ハンナと一緒に、あたしはお散歩に出かけた。
 いい天気で、風も心地よい。正直言って、アメリアの件があってからは、あたし、ほとんど自分の部屋からは出なかった。だって、どこに殺し屋が潜んでいるかと思うと、部屋に籠もっている方が安全だって思えるし。
 お食事に毒があるかも、って考えたりもしたけど、それについてはハンナが、まずあたしの分のお食事の毒味をしてから、あたしが食べるようにしたんで、安心できた。
「いかがですか、お嬢さま? 部屋に籠もっているより、よほどいいでしょう?」
「ええ、本当に。お散歩に誘ってくれて、有り難うね、ハンナ」
 自然と口元に笑いが浮かぶ。
 鳥の声がする。同じ鳴き声のはずなのに、部屋の中で聞いた時と、今、お散歩の道で聞くのとでは、違うように聞こえる。

お部屋の中は、せまくて苦しくて窮屈だわ

 これが。

お外は風が爽やかで、日差しも心地いいわ

 鳥も、ちっちゃな籠(かご)の中に閉じ込められるより、お外の方がいいもんね。


 日傘を開いて日差しを避けなながら、しばらく歩いていると、賑やかな音が聞こえ始めた。それは人々の楽しそうな声、楽(がく)の音(ね)。
「ねえ、ハンナ、今日、お祭りでもあるの?」
「祭礼などはございませんが、近くでバザールが開かれております」
「バザール?」
「月に一度、いくつかの通りで開かれる雑貨市でございます。この日を目当てに当領地を訪れる隊商(キャラバン)も多く、掘り出し物に出会えると、多くの人が寄り集い、それはそれは賑やかなものになります。日頃開かれている市(いち)とは、比べものにならないほどの賑やかさなんですよ」
「へえ」
 自然とあたしの心が浮き立ってくる。
「ねえ、ハンナ、あたしバザールに行ってみたい!」
 ハンナが、あたしの言葉に、ちょっと困ったような表情を浮かべる。そして。
「申し訳ございません、お嬢さま。バザールの賑わいようは、常(つね)のものではございません。あのような状況ですと、わたくしもお嬢さまの警護を十全に行えるかどうか」
「そうね。ゴメン! じゃあ、普通に……」
「上から、その賑わいを見る、というのは、どうでしょうか?」
 ハンナが言う。あたしは首を傾げる。
「上から?」
「はい。この近くですと、この近くに作られた高台から、バザールの賑わいを見ることが出来ます」
「そうね。……じゃあ、そこに案内してくれる?」
「かしこまりました」
 ハンナが一礼した。

 その高台、っていうのは、すぐわかった。石畳(いしだたみ)の道があって、右手に曲がってる。どう見ても、人工の小山だ。高さは三十メートルぐらい、かな? こちら側からしか見られないからわからないけど、あれだけの高さを支えられるんだから、結構、大きいような気がする。
「あれね、その高台って? もしかして、公園?」
「わたくしは、詳しいことは存じませんが、シーレンベック家がこちらに領を構えられた百数十年前、まだ領地も今ほど広くはなく、王国も不安定でしたので、あちこちに高見の櫓(やぐら)と同時に高所からの射撃に使うなど、そのような目的で高台が設けられた、と。今は、お嬢さまも仰ったように、いくつかは公園として利用されております。あの高台も、そのような目的に使われている、と、聞いたことがございます」
 あたしは道なりに上り始めた。右手に曲がって、ちょっと左に行ったあと、今度はかなり左に曲がってる。それからちょっと右手に行って、今度はかなり右手に曲がってる。途中、ずっと右手に曲がったりとか、そんなことを繰り返して、あたしはてっぺんまで来た。
 途中からでもバザールの様子を見ることは出来たけど、高台の一番上からだと、領地も一望できる。
「うわあ……」
 思わず、感激の声が漏れる。天気がいいこともあるけど、風も気持ちよくて、街を一望できて。
「お弁当でも、作ってくれば良かったなあ」
「あら? あなた、お料理を作ることが出来たのかしら?」
 そんな声がしたんで、あたしは振り返ってそちらを見た。どういう目的かわからないけど、そこには小さな釣り鐘がある。そして、その陰から、一人の女性が現れた。
 その女性は……。


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