ハンナと一緒に、あたしはお散歩に出かけた。 いい天気で、風も心地よい。正直言って、アメリアの件があってからは、あたし、ほとんど自分の部屋からは出なかった。だって、どこに殺し屋が潜んでいるかと思うと、部屋に籠もっている方が安全だって思えるし。 お食事に毒があるかも、って考えたりもしたけど、それについてはハンナが、まずあたしの分のお食事の毒味をしてから、あたしが食べるようにしたんで、安心できた。 「いかがですか、お嬢さま? 部屋に籠もっているより、よほどいいでしょう?」 「ええ、本当に。お散歩に誘ってくれて、有り難うね、ハンナ」 自然と口元に笑いが浮かぶ。 鳥の声がする。同じ鳴き声のはずなのに、部屋の中で聞いた時と、今、お散歩の道で聞くのとでは、違うように聞こえる。
お部屋の中は、せまくて苦しくて窮屈だわ
これが。
お外は風が爽やかで、日差しも心地いいわ
鳥も、ちっちゃな籠(かご)の中に閉じ込められるより、お外の方がいいもんね。
日傘を開いて日差しを避けなながら、しばらく歩いていると、賑やかな音が聞こえ始めた。それは人々の楽しそうな声、楽(がく)の音(ね)。 「ねえ、ハンナ、今日、お祭りでもあるの?」 「祭礼などはございませんが、近くでバザールが開かれております」 「バザール?」 「月に一度、いくつかの通りで開かれる雑貨市でございます。この日を目当てに当領地を訪れる隊商(キャラバン)も多く、掘り出し物に出会えると、多くの人が寄り集い、それはそれは賑やかなものになります。日頃開かれている市(いち)とは、比べものにならないほどの賑やかさなんですよ」 「へえ」 自然とあたしの心が浮き立ってくる。 「ねえ、ハンナ、あたしバザールに行ってみたい!」 ハンナが、あたしの言葉に、ちょっと困ったような表情を浮かべる。そして。 「申し訳ございません、お嬢さま。バザールの賑わいようは、常(つね)のものではございません。あのような状況ですと、わたくしもお嬢さまの警護を十全に行えるかどうか」 「そうね。ゴメン! じゃあ、普通に……」 「上から、その賑わいを見る、というのは、どうでしょうか?」 ハンナが言う。あたしは首を傾げる。 「上から?」 「はい。この近くですと、この近くに作られた高台から、バザールの賑わいを見ることが出来ます」 「そうね。……じゃあ、そこに案内してくれる?」 「かしこまりました」 ハンナが一礼した。
その高台、っていうのは、すぐわかった。石畳(いしだたみ)の道があって、右手に曲がってる。どう見ても、人工の小山だ。高さは三十メートルぐらい、かな? こちら側からしか見られないからわからないけど、あれだけの高さを支えられるんだから、結構、大きいような気がする。 「あれね、その高台って? もしかして、公園?」 「わたくしは、詳しいことは存じませんが、シーレンベック家がこちらに領を構えられた百数十年前、まだ領地も今ほど広くはなく、王国も不安定でしたので、あちこちに高見の櫓(やぐら)と同時に高所からの射撃に使うなど、そのような目的で高台が設けられた、と。今は、お嬢さまも仰ったように、いくつかは公園として利用されております。あの高台も、そのような目的に使われている、と、聞いたことがございます」 あたしは道なりに上り始めた。右手に曲がって、ちょっと左に行ったあと、今度はかなり左に曲がってる。それからちょっと右手に行って、今度はかなり右手に曲がってる。途中、ずっと右手に曲がったりとか、そんなことを繰り返して、あたしはてっぺんまで来た。 途中からでもバザールの様子を見ることは出来たけど、高台の一番上からだと、領地も一望できる。 「うわあ……」 思わず、感激の声が漏れる。天気がいいこともあるけど、風も気持ちよくて、街を一望できて。 「お弁当でも、作ってくれば良かったなあ」 「あら? あなた、お料理を作ることが出来たのかしら?」 そんな声がしたんで、あたしは振り返ってそちらを見た。どういう目的かわからないけど、そこには小さな釣り鐘がある。そして、その陰から、一人の女性が現れた。 その女性は……。
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