真っ暗な中に、一人の若い女性がいる。そして、その女性を、白い薄煙(うすけむり)が取り巻いていた。 輝くような長い赤毛に、エメラルドをはめ込んだような双眸(そうぼう)。そして、額には金色のサークレット。そのサークレットの中央には、「目」を模したようなフレームがあり、その中のアメジストが妖しい光を放っている。
‘誰? あなたは、誰なの?’
そう問うけれど、返事はない。女性は妖しい笑みを浮かべているばかりだ。 やがて、あたしの意識は遠のいていった……。
「アストリット・フォン・シーレンベック、今ここでお前に婚約の破棄を言い渡す!」 「…………え?」 あたしは唖然(あぜん)となった。 「今、なんて言ったの?」 相手がムッとなり、苦虫をかみつぶしたような表情で言った。 「二度も言わせるのか。……まあ、いいだろう。アストリット・フォン・シーレンベック、今この場で、この私、ハインリヒ・フォン・フォルバッハとお前との婚約を破棄する! そして、この場で宣言する! 私はここにいるグートルーン・フォン・リヒテンベルクを妻とする!」 「…………」 あたしは言葉もなく、ただただ立ちつくしていた。 ここは、舞踏会の真っ最中といった雰囲気の場所。周囲には、あたしのような貴婦人や、正装に身を包んだ男性が、大勢いる。 ちょっとして、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた、多分、あたしと同い年ぐらいの女性が現れた。ピンク色の派手なドレスを着飾って、手には豪華な扇を持っている。ハインリヒが言った。 「アストリット、君は確かに高貴な女性なのだろう。だが、それが、逆に君の品位を下劣なものにしているのだ! 君と婚約した一年前は、こうではなかった。君の微笑みは人々を和(なご)ませるものではなく、誰かを見下すものになってしまったのだ!」 そして、グートルーンという女性を見る。 「彼女も、高貴な生まれだ。だが、君のように、決して誰かを見下したりはしていない。私はそこに惹(ひ)かれたのだ」 正直なところ、私は事態がまったく飲み込めていない。困惑の中、どうしたものかと思っていたら、ボーイソプラノっぽい、ハスキーな男の子の声がした。 「貴様! 姉上に、いや我がシーレンベックの家門に対して、無礼であろう!」 振り返ると、そこにいたのは輝くような金髪の少年。中性的な顔立ちの美少年だ。少年がちょっとあたしを見てから、キッとハインリヒを見て、おもむろに上着から白い手袋を出すと、ハインリヒの足下(あしもと)に投げつけた。 「サー・ハインリヒ! 僕は今、この場でお前に決闘を申し込む! だが、剣の腕は僕の方が上だ、だから、期日はお前に決めさせてやる! 一週間以内に期日を決め、知らせに来るがいい。……我が国の習わしにのっとり、命までは取らぬ。だが、お前とグートルーン嬢との婚礼の儀で、お前は腕を吊り、脚を引きずりながら宣誓書を読むことになるであろう。……さあ、姉上、シーレンベック領に帰りましょう。ヤツと同じ空間で、空気を吸うなど、不潔の極み!」 そして、少年はあたしの腕を取り、引きずるようにその場を去って行った。 「ちょ、ちょっと待って……」 あたしのつぶやきを無視して。
本当に、あたしは混乱していた。 だって、あたしの名前は。
小松崎(こまつざき)未佳(みか)、女子高に通う、女子高生なんだけど? なに、この中世ファンタジー風の世界は?
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