最終話 アストライアの帰還B〜アルゴナウタイ−9
ジャスティスは片膝立ちになり、回復を待ちながら、戦いを見ていた。ヴァルナはベレロフォーンと問題なく闘えている。いや、それどころかベレロフォーンを圧倒している。リブラはソーサーでミノタウロスのアクスをしのいでいるが、彼女自身、消耗が激しい。ヘルマもイカロスと、どうにか闘えているが、押され気味だ。というより、イカロスがあからさまに手加減しているのが分かる。
“ああ、早く、回復しないと!”
そうは思うが、なかなか思うようには、いかない。 ふと、ダンザインたちの言葉を思い出した。 今、この場ではどうでもいいことのはずなのに、妙に気になる。
“お前たちの正義を見せてみろ”
「ボクたちの正義……」 これまではずっと法律……人の世界の法に則って、ジャスティスたちは動いてきた。だが、それで裁くことが出来るのは、あくまで法を犯した犯罪者だけだ。では、イカロスたちは? しいて言うなら、ジャスティスたちに対する暴行、あるいはここにラビュリントスを設置したことによる公有地の占有、だろうか? ……否、それで、イカロスたちを退けられるとは、とても思えない。 もっともっと大きくて、もっともっと深い正義、それこそ、女神アストライアがたった一人残ってでも、人々に説き続けた正義……。 刹那、ジャスティスの頭の中に、光が閃いた! 「そうだよ……。法は裁くためだけにあるんじゃない。そもそも人の権利、何より命を護るためにあるんじゃないか!」 気がついた瞬間、全身にエネルギーがあふれてきた。立ち上がり、空を見上げる。自然に体が浮かび始めた。そして、何かのエネルギーが自分に集結するのがわかった。このエネルギーは。 「リブラと、ヘルマのエネルギー。でも、変身が解除されたわけじゃない。同じ質のエネルギーがボクに集まってきたんだ」 体の周囲を、リブラのピンク色のエネルギー流、ヘルマの水色のエネルギー流、それぞれが逆の回転で渦を巻くように踊る。その中で、ジャスティスは宣言するように言った。 「○リキュア・トゥルージャッジメント!」 ジャスティス自身の紫色のエネルギーが美郁から遊離し、リブラ、ヘルマのエネルギー流と一緒になって渦巻く。 誇りが胸の中に満ちあふれたとき、美郁は新たな姿になっていた。
ヴァルナたちは戦うことを忘れ、十数メートル上空を見る。光が収まったとき、そこにいたのは、ギリシャ神話本の挿絵にある女神の衣装をアレンジした様な、純白のドレスに身を包んだ美郁。黒いベルトに、バックルには白と紫色の勾玉が互い違いに組み合わさった太極図。その太極図はゆっくりと、向かって右回りに回転している。銀色の長いストレートヘアに、宝石をしつらえた金色のティアラ、金色の瞳、そして右手には大剣を、左手には天秤を持っている。両腕と両脚には、交差するように紐を編み上げたような腕甲とブーツがあった。 そして、その背には真っ白くて大きな、一対の翼がある。 美郁がこちらを見て宣言した。 「我は命を護るために、法を司る者、○ュアヴァルゴ!」 まさに、正義の女神テミス像、そのものの姿だったのだ! リブラがヴァルナとヘルマに言った。 「ねえ、ヴァルゴのあの面差し……」 ヴァルナが頷いて応える。 「ええ。とても大人びてるわ。私やリブラより四、五歳、年上みたい」 その言葉には、ヘルマが応えた。 「それだけ、精神的に成熟したってことかしらね……」 そのとき、イカロスがそれまでの冷静な声とは違って、興奮して言った。 「ベレロフォーン、あれは!」 ベレロフォーンも、興奮して応える。 「ああ! あれこそ、俺たちが捜し求めていた翼!」 イカロスたちが跳び上がる。 「待てッ!」 叫んでそれを制しようとしたヴァルナに、バトルアクスを振り回しながら、ミノタウロスが躍りかかる。 それをかわす間に、イカロスたちはヴァルゴに迫っていた。
最終話 アストライアの帰還B〜アルゴナウタイ−10
ヴァルゴは姿勢はそのままに、後ろ上方に飛ぶ。そして、大剣の刃を分解した。刃は矢羽根のような形状(まるで自動車の初心者マークのようだ)で、五つに分かれ、それがさらに表裏二つに分かれる。都合、十個の矢羽根型のパーツが出来た。同時に、天秤の皿が鎖から外れる。そしてそれぞれの皿の周囲に矢羽根型のパーツが五つ、放射状に組み合わさった。 その形状は、まさに星形……五芒星だ。 向かってくるイカロスたちに、その五芒星が盾のようにアタックする。衝撃波が生まれ、イカロスたちが弾かれた。 二つの五芒星は、ヴァルゴの元に戻り、まるで衛星のようにヴァルゴの周囲を回り始める。剣の柄部分、天秤の鎖はヴァルゴの左右の腰にそれぞれ装備されていた。 間合いをとったベレロフォーンが言った。 「イカロス、俺が突撃する。その隙に、お前は反対の方向から」 「ああ。わかった」 ベレロフォーンはさらに上空へ移動し、急降下する。そしてエネルギーを集めて輝かせた右の義足で、キックの体勢に入る。一方のイカロスは、ベレロフォーンとは対称的な位置に移動する。そして、そこからヴァルゴに迫る。 だが、ヴァルゴは慌てることなく、二つの五芒星をイカロスとベレロフォーンに向ける。そしていともたやすく、二人を衝撃波で跳ね飛ばした。 苦鳴とともに、イカロスとベレロフォーンは地に墜落し、ラビュリントスの外壁に激突する。轟音と土煙が収まり、イカロスたちが、ヨロヨロと出てきた。どうやら墜落の衝撃だけでなく、あの五芒星の衝撃波が堪(こた)えているらしい。 イカロスが苦しげな息の元、言った。 「まさか、あの星一つで、あれほどの防護力があるとは……」 二人を気遣ったのか、それともそのように設定されているのか、ミノタウロスがイカロスたちの元に、のっしのっしと歩いて行く。 それを見たヴァルゴが、左腰に装備した剣の柄を右手で抜き、地面と平行に構える。すると、五芒星が分離し、皿の部分が柄の上下(ヴァルゴから見れば左右)に接続される。 右腰の鎖がひとりでに右腰から外れ、右手を取り巻く。しかし、キッチリと巻くのではなく、何か見えないものの上を巻くように、空間を生んで形を作った。 分離した十個の矢羽根部分は、それぞれが右手指外側の鎖の上に覆い被さるように繋がっていく、まるで指を形作るように。 そして、出来上がったのは本来の拳より、五回りほども大きい、五本の指、親指はその第一関節と第二関節、あとの四本の指は第二関節と第三関節だけで出来た握り拳。 ヴァルゴが拳を胸の前に持っていく。すると、そこに光の粒子が集まっていった。 それを見たイカロスが、息を呑む。 「あ、あれは……!」 ベレロフォーンも、かすれ気味の声を出した。 「まさか、あのときの力……!!」 ヴァルゴの翼が広がり、瞳が金色に輝く。 怒りの表情でヴァルゴは急降下し、急角度で曲がり、地上一メートルのところで地面と平行になる。 そのまま高速でイカロスたちに向かって飛び、右腕を伸ばし、そして吠えた。 「○リキュア、Psy(サイ)! Bang(バン)! Shock(ショック)!!」 ヴァルゴが拳を中心にして金色に輝き、イカロス、ベレロフォーン、ミノタウロス、そしてラビュリントスに激突した!
轟音、そして光とともにラビュリントスが消滅する。 光が収まったとき、ミノタウロスとラビュリントスは消滅し、まるで何もなかったかのように破損一つない道路になっていた。 イカロスとベレロフォーンは、それぞれが片膝立ちになっていた。ダメージはあるようだが、決定的なものではないようだ。 ベレロフォーンがニヤリとして(もっとも、強がりにしか見えないが)言った。 「あのときのもの、ほどじゃねえなあ……」 イカロスが頷く。 「ああ。だが」 二人は顔を見合わせる。 イカロスが言った。 「ここは退散した方が良さそうだ」 そして二人は上昇し、姿を消した。 それを見送ると、ヴァルナは言った。 「とりあえず、今日のところは戦いは終わった、みたいだね」 ふとヴァルゴを見ると、彼女の体が光の粒子に包まれ始める。そして、変身途中の姿になったかと思うと、美郁に戻った。 美郁はフラフラとし、倒れそうになる。慌てて、それを支えると、美郁は弱々しい笑顔で言った。 「なんとか、なったみたいだね。ボク、疲れたよ」 その言葉に、ふと安堵の笑みがこぼれ、ヴァルナも理鉈に戻った。リブラたちも、それぞれ変身を解いたようだ。 一同が笑顔になったとき。 何かに気づいたように、睛が上空を見て緊張に満ちた声で言った。 「!? あれは!」 理鉈も気づいていた。 そこにいたのはダンザインのリーダー、ドクゼーンだったのだ! また、戦いか?と、緊迫した空気が流れたが。 ドクゼーンは言った。 「○リキュアよ。お前たちの戦いと正義、見せてもらった。どうだろう、手を組まないか?」 いきなり、そんなことを言いだした。 困惑気味で理鉈は言った。 「なに、言ってるの……?」
テナントビルの屋上で、亜羅祢は不機嫌そうに鼻から息を漏らした。 「サバキング、倒されちゃったか。それにあの二人も追い払われた。でも」 と一転、亜羅祢は笑みを浮かべる。 「○リキュアはサバキングには苦戦し、あの二人には敵わない。……クックックック……。収穫ありだわ」 そして高笑いをする。太陽の光を受けて出来た彼女の影には、両方の脇と横腹から一対ずつ、都合四本の腕の“影”が生えていた。
最終話 アストライアの帰還B〜アルゴナウタイ−11
着地したドクゼーンが穏やかな表情で言う。 「かつて我らが使ったサイ・バーンの力だが、今、我らは使えない。だが、ヒボウの力なら使えた。三人でリレーションしているのだがな」 何を言いだしたのか分からないが、ここは聞いた方がいいだろう。もし何かおかしな事態になってすぐ変身出来るように、理鉈はスカートのポケットの中で、ヴェーダをつかんでいた。 「これは推測だが、その力、お前たち○リキュアが手にしたのではないか?」 睛が眉間にしわを寄せて言う。 「言っている意味が理解出来ないんだけど?」 「言葉通りの意味だ。この世界が、サイ・バーンの力を○リキュアに委ねたのだ。サイ・バーンは根源の力だからな」 理鉈たちには、何も答えることが出来ない。もしドクゼーンの言う通りだとしても、だから何だというのか? ドクゼーンは至極、真面目な表情で言った。 「アラヤの娘よ、ヤツらはお前にとっても敵だ」 「……うん、そうだね」 警戒心とともに理鉈は答える。確かにイカロスたちは理鉈にとっても敵だ。しかし、ヒボウの力を使うダンザインも敵であることに変わりない。 「それに、ほかにも敵がいるようだ」 希依がやはり警戒感がみなぎる声で言った。 「ほかにも敵がいる? どういう意味?」 ドクゼーンがやや厳しめの表情になった。 「先のサバキング、あれは我らが生み出したものではない」 理鉈たちに、軽い衝撃が走る。 理鉈の肩を借りて立っている美郁が聞いた。 「ウソを言ってるんじゃないよね……?」 ドクゼーンが頷いて言う。 「エネルギーの発生源を探ったが、純粋なヒボウではない上、何かでシールドされている形跡があって、つかめなかった」 そして、理鉈たち一同を見渡してからドクゼーンは宙に浮き始めた。 「共闘の件、考えておいて欲しい」 言葉を残し、ドクゼーンは消えた。 しばらくおいて、希依が言った。 「まるで『アルゴナウタイ』みたいね」 「アルゴナウタイ?」と、睛が希依を見て首を傾げる。 「ええ。ギリシャ神話に、アルゴーっていう船に乗って黄金の羊の毛皮を取りに行くっていう話があるんだけど、その乗組員がヘラクレスとかオルフェウスとか、有名どころが集まってるのね。今で言うとオールスター戦ってところかな?」 美郁が聞いた。 「でも、ボクたちと関係あるかな?」 希依が苦笑を浮かべる。 「ストレートな喩えじゃないけど。ダンザインは元々イカロスたちを敵として戦っていたのよね? そして一度は、撃退してる。私たち……○リキュアも同じ立場になってるわ。ともにイカロスたちを倒そうという点においては、目的は同じ。だから」 理鉈が呟く。 「同じ目的のために立ち上がる同志、アルゴナウタイ、ってわけね……」 希依が頷くのを見て、美郁はドクゼーンやイカロスたちの消えた空を見上げた。 そして自分に言い聞かせるように言った。 「ボクたちの本当の戦いは、これからだ」 その言葉に、理鉈、そして希依も睛も頷いた。
(○リキュア Psy! Bang! Shock! 最終話・了)
あとがき
読了いただいた皆様、有り難うございました。 うん、相性悪かった……○リキュアと裁判……。
さて、前回からものすごく間が空いてしまいました。どうも、一部の方にご心配をおかけしてしまったようで、申し訳ございません。 この通り、私はペンを折ったわけではございません! そして、プロになる夢も、諦めたわけではないのです!!!! それが! 帝国華撃だ…………!
……ま、それはさておき(笑)、各キャラの名前とか、解説を。
・四方美郁……四方は「司法」から。美郁は「法律を美しく育てていく、という願いが込められている」という裏設定がありました……っていうのは、建前。実は真郁・美郁兄妹(の名前)は、別作品で用意したものだったんです。ところがその作品が、いろいろと変わってしまい、真郁・美郁兄妹は出てこないことに。で、どこかで使おうと思ってたんです。
・葉苅希依……天秤なので「秤(はかり)」と「計(はか)り……計(けい)」です。もともとは美郁のセーブ役みたいな感じをイメージしてたんですが、美郁を法律家の娘に設定したんで、その必要がなくなり、キャラを変更。……だったんだけど、うまく描けませんでしたね。
・大羽睛……最初は、違ったんですよね。本編の第三話に出てきた「きのみん」こと「飯田木之菓」のプロフィールを持ったキャラが当ててありました。しかし、本作はいろいろとSNS絡みの問題を扱う、って決めてたんです。となるとジェンダー問題にも触れないわけにはいかない。で、最初は一回こっきりのゲストキャラの予定だったんですが、いろいろと考えて○リキュアに。自分を応援する人もいるのに「瞳」を「覆って」いるのでわからないっていうところから「大羽(覆う)睛(しょう。この文字には「瞳」の意味があります)」の名前に。
※もともと本作を書かせていただこうと強く思った動機は、SNSの誹謗中傷で、複数のタレントさんが命を絶たれたというニュースに接したことです。なので、このトランスジェンダーという問題は避けて通れませんでした。うまく描けたとは言えませんが。
・浦田理鉈……本当の名前は「リタ・ヴラタ・アラヤ」。「リタ」はヒンドゥーで「天則」、「ヴラタ」は同じくヒンドゥーで「掟」、「アラヤ」は仏教の「阿頼耶識(あらやしき)」から。「阿頼耶識」は第八識の八番目で人間の心の根源となる意識。「阿頼耶(アーラヤ)」はサンスクリット語で「貯蔵」という意味なんだとか。なので「みんなの意識を自分の中に待避(≒貯蔵)している」ということで。
・○ュアヴァルナ……ヴァルナはヒンドゥーにおいて、ていうか、かなり古い時代において「司法神」であり、厳格ながらも悔悟した者には寛容なんだとか。水に関係があり、その水は天の水。なお時代が下るにつれて権威を失い、司法神という立場を失い、水に縁があったことから仏教では「水天」という一尊格になりました。 ちなみに○ュアヴァルナが黄金の理由。神々への祈りなどを集めた「リグ・ヴェーダ讃歌」に、こうあります。「黄金の外衣をまとい、ヴァルナは美服をつく」。 ・○リキュア・アパスパーサム……「水の縄」という意味。「アーパス」はサンスクリット語で「水の女神」の名前。その派生で「アパーム・ワールド」は「水の国」。なお、縄である理由は、同じく「リグ・ヴェーダ讃歌」から。「われより上方の縄索を解きあげよ」。 ・ヒラニヤガルバ……「黄金の胎児」。自らが生みだした原初の水の中に現れ、世界を創造した、という賛歌がある、いわゆる古い時代の創造神。後に「黄金の卵」という形に変化したという。ちなみにヴァルナ神とは無関係。○ュアヴァルナ変身の象徴としていいかなあ、ということで組み込んだ。
・トヴァシュトリ……ヒンドゥーの技巧・工芸神。なんか、いっぱい色んなものを造っている、偉い神様。
・ダンザイン……断罪。ドクゼーン……独善。ブランダー……blunder。大失敗。ミス・テイク……mistake。間違い。
・マナサマーヌ……マナス(八識の第七である末那識。自己愛の意識。いうなれば自己チューの意識)+マヌ(「人間」のこと。ある神話では大洪水を生き残った唯一の人間の名前だったりするが、ここでは単に「人間」の意味)をもじったもの。
なんか、美郁以外のキャラの影が、うっすいなあ〜って、今さらながら、自分の実力のなさと不勉強を、我ながらに嘆いています。美郁(○ュアジャスティス)にフィニッシュブローを与えた関係で、リブラとヘルマの影も薄かったですね。
本作は裁判がモチーフ、そしてその象徴として正義の女神像を扱っています。 この女神のモデルは、一説にギリシャ神話の女神テミス。ということで、本作のサブタイトルはギリシャ神話関連のものにこだわり、統一しました。
さて! 法務省推薦を目指してスタートした本編ですが(う・そ 笑)、今回で終了となります。ただ、これが本当の最終話となるか、はたまた第一シーズンの終わりとなるか。それは皆様の反響次第ということで。
……でも、この作品、○リキュアでもなんでもなかったなあ……。
いやあ、でも、今度の「わんぷり」は本当に楽しくて、かわいいなあ。他のシリーズには申し訳ないけど、ヒープリ以来ですよ、毎週、楽しみなのは。
ああ、ユキ=キュアニャミーに構って欲しい……。
はっ!? 私ハ、今、ナニヲ……? なにか、意識を失って、よからぬ言葉を口走ったような……?
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