まえがき なんか、三回までしか連載出来ないので、今回、非常手段をとらせていただきました。読みづらいと思うので、ぼちぼち、お読みくだされば。
最終話 アストライアの帰還B〜アルゴナウタイ−1
六時間目・英会話終了のチャイムが鳴った。 背伸びをして美郁は、教科書を片付け始める。そのとき同じクラスの女子が、スマホを見て、誰かに言うのが聞こえた。 「この人、スイーツの批評を通り越して、もはや誹謗中傷になってるよね?」 「どれどれ……。あ、本当だ。前から辛口だったけど、ひどいよね、これ」 ちょっと興味をそそられたが、隣のクラスの女子が「掃除に行こ!」と誘いに来たので、美郁はそちらに向かった。掃除の場所は第二校舎一階の廊下、そして第一校舎との渡り廊下だ。
モップで床を拭きながら、さっき興味を持ったことについて、近くで同じように床を拭いている二年女子に聞いた。 「ねえ、スイーツの辛口批評家で、最近、誹謗中傷してる人って、知ってる?」 「え? ……ああ、『エーコのスイーツ通信簿』かな? 前から『ここまで偉そうに書いていいのかなあ?』って思ってたけど、ちょっと前から、ただの悪口になってて」 「そうなんだ。そんなに有名人なんだね?」 「有名人、ていうか、佐波木市の人だし」 この言葉に、美郁は何か引っかかりを覚えたが、このときはそれで終わった。
掃除を終え、教室に帰りながら教えてもらったサイトを開いてみると。 「なになに……。『一丁目のスイーツショップ、以前から味のバランスが悪いと思ってたが、最近はそんなレベルじゃない。これでよくお店を開いていられるなあ。お客さんに出せるようなものじゃない。採点したくてもできない。強いて言うなら0点より下の、マイナス点』。……うわあ、ひどいな、これ」 教室に戻ると、希依もスマホを見ながら、げんなりしていた。 「どうしたの、ケイちゃん、げんなりしてるけど?」 「ミークちゃん……。塚本くんが言ってたんだけど」 塚本は、クラスメイトの男子だ。 「このブログ」 と、希依が自分のスマホの画面を見せる。それは『らーめん評論本舗』というブログだ。それには、あるラーメン屋をこき下ろす文章が並んでいた。いわく。
『佐波木駅通りの、このラーメン屋は、二代目になってから質が落ちた。麺にコシはなくその麺を支えるはずのスープにも力がない。チャーシューはハムの方がマシ、煮卵はただのゆで卵、唯一まともなのは市場かどこかで買ってきたナルトだけ。本当にどうしようもない。二代目になって、いや今思えば先代も旨いラーメンを出してなかった。早々に店じまいした方がいいと思う。この俺が言うんだから、間違いない!』
げんなりとなり、美郁は「実は……」と、自分のスマホを見せる。 希依が眉間にしわを寄せて言う。 「塚本くんの話じゃ、このラーメン屋、普通に美味しいんですって。それにこのブログ、確かに辛口で有名らしいんだけど、ちょっと前からおかしくなったって」 ふと気がついて、美郁は聞いた。 「ねえ、もしかしてこのブログを書いた人って、佐波木市の人?」 「え? それは、私は知らないけど?」 「うーん……」 「どうしたの、ミークちゃん?」
最終話 アストライアの帰還B〜アルゴナウタイ−2
「同じ市内とか近所の人は、このブログを見てもおかしいなって思うぐらいかも知れないけど、遠くの人は信じちゃうかもね。もしそうなったら、遠くからお客さんは来なくなったりするだろうし、中には実際にお店に来てないのにブログで読んだからっていうだけで、あたかも自分がそのラーメンを食べたかのようなことを書き込む人も出てくるかも?」 それを聞き、希依も「うーん」と唸ってから言う。 「確かにそれはあるかも。ネットの書き込みって、思い込みとかも多いから」 頷き、美郁は気になっていることを聞いた。 「もしも、このラーメン屋さんのことを悪く言ってる人が佐波木市の人だったとしたら。ひょっとして他にもないかな、同じような書き込み?」 「え? どういうこと、ミークちゃん?」 希依が首を傾げる。美郁は百パーセント、自分の勘……否、思い込みでしかないことを自覚しながら、言った。言葉を選ぶように。 「最初にダンザインたちが現れたとき、ボクはイヤなものを感じたんだ。それはリタ先輩にも指摘された。実はね、イヤな感じじゃないんだけど、ちょっとだけ胸騒ぎがしたんだ」 「胸騒ぎ?」 「うん。この前、セイギズラーがサバキングに進化しただろ? 倒すことは出来たけど、ひょっとしたらあのときの進化が、この街の人たちに、何かの影響を与えたんじゃないかって、そんな風に思ったんだ」 希依が右手の指を顎に当て、考えてから言った。 「……どうだろ、それはミークちゃんの考えすぎなんじゃないかな?」 「じゃあさ」と、美郁は言った。 「もし時間に都合がついたら、いろんなお店を回って、そのお店についての書き込みがあるかどうか、チェックして見ないかい?」 「それ、私も一口、乗るわ」 不意に声がした。 その方を見ると、教室の入り口に理鉈がいる。 「いやあ、私もね、クラスの友だちから耳にしたんだ、行きつけのファンシーショップの悪口が、SNSに上がってるって。商品の入れ替えが全然ないし、有名どころも仕入れないし、行く価値ないって」 そう言って、スマホの画面を見せる。その書き込みに追従するように、店員の接客がなってないだの、今どきスマホ決済が出来ないのはおかしいだの、罵詈雑言の嵐だった。もはや単なる誹謗中傷だ。 理鉈が希依を見る。 「○リキュアになったことで、ケイちゃんもヒボウのエネルギーを感じ取れるようになってる。だからさ、近場でいいから、SNSとかブログでこき下ろされてるお店を、手分けして当たろうよ」 理鉈からも言われては行くしかない。そう判断したようで、希依も頷いた。 分担は、地理に一番詳しい希依が中央区を、その次に詳しい理鉈が学校周辺を、美郁は自宅近くの商店街を中心にチェックすることになった。
商店街を色々と見て回っていた美郁は、ふと背筋を冷たく気持ちの悪いモノが這い上る感覚を覚えた。 ○リキュアになったおかげで、ヒボウのエネルギーを以前よりも強く、そして敏感に感じ取れるようになっているのだ。 エネルギーを感じ取れたのは、一軒の和菓子屋。美郁も買い物をしたことがある「千彩堂」だ。「佐波木市、千彩堂」というキーワードで、スマホをチェックする。 すると、とあるブログでこんな書き込みを見つけた。
『少し“あん”にクセがある。これは、個性ではなく“アク”である。食べる人を選ぶといえば聞こえはいいが、まるで「自分のところの味が分からない者は三流以下」と、ふんぞり返り、こちらを嘲っているようだ。私はこのような驕り高ぶった者を罰するために、このブログを書いているといっても過言ではない! 我が舌こそ正義! 悪の菓子屋は滅ぶべし!』
「……………………ダンザインの誰かが書いたんじゃないの、これ?」 念のため過去ログをチェックして見た。過去の記事も、たいがい辛口だが、こき下ろしているほどではない。やはり、この二、三日に書かれたこの記事が特にひどくなっている。 このブログを書いた者は、過去ログなどを見る限りでは、どうやら佐波木市かその周辺に住んでいるらしい。 「やっぱり、この間のサバキングが影響を与えている……ていうのは、ケイちゃんたちのレポート待ちか」 そう呟いたとき、千彩堂のドアが開いて、一人の女性が現れた。
最終話 アストライアの帰還B〜アルゴナウタイ−3
ふと顔を上げてその女性と目が合ったとき。 「あら? あなた」 と女性がこちらを見て、少し驚いたような表情をした。 なんだろう? どこかで会ったような感じはするが、見覚えはない。 そう思い、美郁は聞いてみた。 「あの。ボクに何か?」 女性は美郁の言葉に、まるで我に返ったかのように首を横に振る。 「う、ううん、なんでもない。……そうだ、私、こういうものだけど」 と、女性が名刺を出す。それには「SABAKI−ニュース.コム記者 尾前川 留衣 Omaegawa Rui」とあった。 佐波木市に拠点を置くネットニュースの配信会社だ。デイリーニュースなどは毎日の更新だが、イベントなどといったことや、ある種の特集コンテンツなどは不定期で更新されている。大体が、佐波木市や近隣市町、県内のニュースを配信しているが、しばらく前から様子がおかしい。 変に下世話なニュース……都市伝説レベルのことから、いたずらに全国ニュースの真相を探らせるようなコメント欄を設けたり……などが増えてきたのだ。正直、美郁は不快に感じてきている。いつか意見を送信しようか、と思っていたところだ。 「へえ、あのコンテンツの。……え、っとボク、ちょっと意見が……」 言いかけるのを遮るように、女性が言った。 「今、特集で市内の和菓子店を取り上げることになって。でも、ここのお店、今、ブログで酷評されてるんでしょ? それが引き金になって、SNSでも悪口が書き連ねられてて」 「え? ええ、そうみたいですね」 さすがはマスコミ関係者、すでにネットの書き込みについては、把握しているようだ。 「だから、言われるほど美味しくないのか、チェックするっていう方向にシフトしたの。市内全域でチェックするから」 そう言って、留衣という女性は千彩堂のお菓子が入ったと思しき、小さなサイズの手提げの紙袋を見せ、意味深な笑みを浮かべる。 この笑み、どこかで見たような気がする。この女性の雰囲気といい、どうにも初めて会ったような気がしない。 しかし、初対面のはず。 そんな風に既視感に悩んでいると、留衣という女性が言った。 「今も言ったけど、市内全域よ? あなたも“チェック”を怠らないでね?」 また意味深な笑みを浮かべ、気のせいか「チェック」というワードにアクセントを置いて、女性は去って行った。 その背を見送る美郁は、ただ首を傾げるだけだった。 「……何言ってんだろ、あの人? 市内全域でチェックって、そんなこと、出来るわけないのに」 美郁は呟き、ふと千彩堂の中を見る。 客は一人もいなかった。いつもなら、この時間帯には一人二人は、いるのだが。
「SABAKI−ニュース.コム」が入っているテナントビル屋上。 そこに一人の若い女性の姿がある。 笹可児 亜羅祢(ささかに あらね)、「SABAKI−ニュース.コム」のオーナーだ。 亜羅祢は眼下に広がる街を見ながら、くぐもった笑い声を立てた。 「クックック……。この間のプロテウス、すぐに消えると思ってたけど、結構な数、残ってるじゃない、“種”として。私自身に戦う力はないけれど、こうしてプロテウスを引き出してやって、ちょっと刺激を与えてやれば」 そして右手の人差し指を、ある商業ビルに向ける。すると、指先からそのビルの一室に向かって、真っ直ぐに伸びる光の“糸”が現れた。 宣言するように亜羅祢は言った。 「プロテウスよ、仮面を剥ぎ取ってやりなさい。そして晒(さら)してやりなさい、(S)醜悪な(N)人間の(S)正体を!」 まるでヒットした魚を引き揚げるように、亜羅祢は光の糸を引っ張り上げた!
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