ミークと上崎は校舎前にある花壇のところで話をしていた。といっても、主に、上崎の方が喋っているが。 「この連休、僕は隣の県の親戚の家に、泊まりがけで遊びに行ったんだ。そこは山の麓にある町で、山の方に行って、同い年の従兄弟や近所の子どもたちと釣りとか、川遊びとかやって遊んだんだ。とっても楽しかった。でも、その夜、僕たちが眠ってた真夜中……」 そこで、上崎は息を飲み込む。 「泊まっていた親戚の家が火事になった。僕や、叔父さん叔母さんはなんとか逃げ出せたんだけど……」
『ハァハァ……。大丈夫、紀矢(のりや)くん?』 『うん、僕は大丈夫だよ、叔母さん。……あれ? ゆっくんは?』 『え? 幸春(ゆきはる)? さっきまで、そばにいたのに!? お父さん、幸春は?』 『あの燃えている柱の向こうだ! 家の中にお母さんの形見を取りに戻った! 今は、火が強くて行けない!』 『え!? 幸春、幸春ーッ!!』 『ねえ、消防車はまだなの!?』 『サイレンは聞こえてる! もうすぐ来る!』 『あ! 叔父さん、火の中に飛び込んだら危ないよ! ……誰か、誰か、助けて!! ……そうだ、周りにいるみんな、助けて!! ……な、なんだよ、なんで、スマホとか向けてるんだよ……。なに撮ってるんだよ、そんなことしてるぐらいなら、助けてよ! ゆっくんを、叔父さんを助けてよ! ねえ!!』
「そのあと、消防車が到着して火を消してくれて。叔父さんは火傷で助かったけど、ゆっくんは……」 話の内容に、美郁は言葉がない。 「ゆっくんは、おばあちゃん子で、去年、亡くなったおばあちゃんの形見を、宝物にしていたんだ。火事のときにそれを取りに戻って、そのまま助からなかった」 「そうなんだ……」 寂しげな表情で息を吐き、上崎が美郁の方を見る。 「朝方、避難所代わりに泊まった旅館のテレビで、あの火事のニュースを見た。家が燃えている映像に『視聴者提供』っていう字が入ってたよ。あの燃え盛る炎の中で、ゆっくんは死んでいったんだな、って思ったら、この動画を提供した『視聴者』っていう奴に対して、怒りが湧いてきた。こんな動画を撮っている暇があったら、何か出来たんじゃないのか、何のつもりでこんな動画を撮って、さらしものにしたんだ、って。今思えば、あの火の勢いじゃ、誰にも何も出来なかったと思うけど、ニュースを観て泣いている叔母さんのことを思うと、本当にどうしようもないぐらいの怒りが……」 想像するだけで、胸が苦しくなる。美郁にはこのような体験はないが、いかに相手の心情を慮(おもんぱか)るかという共感力が大事なのだ。 「四方さん、いつだったか、火事の動画を見ている連中に注意をしたよね?」 「うん」 「あのとき、ちょっと離れたところで、そのやりとりを見ていたんだ。正直に言う。あのときは、『何言ってるんだ』って思った。『そんなの、どうってこと、ないじゃないか』って思った。『親が法律関係者だからって、難しいこと言うな』とも思ったな。でも、当事者になってみて、初めて君の言うことがわかった」 「ボクは、君のように辛い体験はしたことがないよ」 美郁の言葉に、上崎はゆっくりと首を横に振る。 「今なら、四方さんの言葉が、僕の心に勇気をくれるんだ。『わかってくれる人がいるんだ』って」 そして柔らかな笑みを浮かべる。 上崎の、やや寂しげな笑みに、美郁は少なくとも一人には、自分の思いが伝わったことに胸が温かくなるのを覚えた。
夕刻。 ある建物の屋上で仰向けに寝転び、ブランダーは夕空を眺めて呆けていた。 「あー……。遠山さんは本当に大酒飲みだからなあ。臨時就任のときの『プチ歓迎会』で、思い知ったわ〜。大岡判事とか他の職員も、あの人から逃げるの、うまいよ。……う〜、まだ頭が痛ェ……。二日酔いだわ、完全に。三軒目以降は、覚えてないし。今日は何にも出来なかった。なんで、あの人、普通に仕事が出来るんだ? ほんとに人間か、あの人? あ〜、今日も、帰るか……、ってわけにもいかないわなあ。○リキュアたちが本当に正義の執行者なのか、確かめなきゃだし。ついこの間も、新たな○リキュアが現れたっていうし。……なんで、この世界じゃあ、サイ・バーンの力が使えないんだ? アレさえ使えたら。そうしたら、『ヒボウ』が三人の間でランダムにリレーションされるということもないんだろうに。そしたら、今回はミス・テイクにブン投げるのになあ」 今日は、どうにも調子が悪い。明日以降にしよう。そう思って起き上がったとき。 「……あ? なんか、あるな? ……もういいや、あれで」 あぐらをかいたまま、ブランダーは右手を顔の位置まで上げて、言った。
「え〜。……我こそ正義、我こそ真実、……悪を裁け、……え〜っとなんだっけ……。ああそうそう、……罪を裁け。悪は断じて許さず。来い、セイギズラー」
ブランダーの掌から文字の連なりのようなモノが出現し、不規則な点滅をしながら、空間をフラフラヨロヨロとさまよい、街の雑踏へと吸い込まれ、そこからまたヒョロヒョロとどこかへ流れて行った。 「これでよし。どこかへ行ったが。……まあいいかぁ、今日は、もう撤収。データの分析は……。どうでもいいや」 そう言って、ブランダーは姿を消した。
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