佐波木市地方裁判所、午後八時。 ここで裁判長を務める大岡 忠彦(おおおか ただひこ)判事が臨時で就任した渡賀(わたしが)判事補に言った。 「いやあ、今日もさすがだったねえ、渡賀くんの判断は」 それに続けて、右陪席の遠山 景子(とおやま けいこ)判事補も頷く。 「本当だわ。私が見落としていたところも、きちんと見てたし」 普通なら面映ゆい心持ちになるところだが、渡賀 正(わたしが ただし)ことダンザインのブランダーは冷静な、いや冷徹ともいえる気持ちで答えた。 「いえ、当然のことをしたまでです。『割れ窓理論』というのは、ご存じですよね?」 ブランダーの言葉に応えたのは、大岡だ。 「窓が一枚でも割れているのを放置していたら、そのうち窓が全部割られ、やがてそれが治安の悪化を招く、そういう犯罪理論だったよね?」 「ええ。それと同じく、たとえ軽微な犯罪でも、それに対して下手に温情判決を下すと、被告人も判決を知った一般人も“悪”に対しての感覚が麻痺してゆき、やがて凶悪な犯罪へと繋がる。心すべきです」 その言葉に感銘を受けたかのように、大岡も景子もうんうんと頷く。そして思い出したように景子が言った。 「そうだ、今夜、飲みに行きませんか?」 「え!?」と、大岡がギョッとなった。 「えっ!?」と、ブランダーもギョッとなる。 「私、『せんべろ屋 鳥十朗(とりじゅうろう)』の焼き鳥サービス券、持ってるんです。行きましょ?」 「おっと、私は用事があったんだ、お先に失礼するよ」 そう言って、大岡はデスクの上のカバンをひっつかんで、あっという間に部屋を出た。 「あ、大岡判事!」 ブランダーが声をかけるよりも早く。 「じゃあ、行きましょうか、渡賀くん」 ニコニコと、景子が言う。すでにショルダーバッグを肩に掛け、裁判所を出る準備は整っていた。 「え? ええ……」 無用なトラブルなどを避けるため、こちらの生活や環境には馴染んでおく必要がある。下手な動きを見せると、○リキュアに気づかれ、行動が制限される怖れがあるのだ。 かくして、ブランダーは景子と一緒に「せんべろ屋 鳥十朗」へと向かうことになった。
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