「わかればいいんだよ、ミーク」 自分が間違っていると分かったら、素直に頭を下げる。幼い頃から、二人には教えてきたが、無駄ではなかったようだ。育恵も真美(まさよし)もこういった場面を何度も見ている。 穏やかな笑顔になって、真郁が言った。 「撮影会の場では、こういう写真を撮るのは無理だから、多分、すれ違い様に撮られたんじゃないかな、これ?」 「そうなると、正直、わからないよ。たくさんの人とすれ違ったから。……ねえ、お母さん、被疑者不詳で告訴出来るよね?」 「う〜ん、微妙なところねえ。確かに、令和五年七月十三日に施行された撮影罪なら、告訴可能に思えるけど、その場合、被写体が明らかに美郁だと証明出来ないと、告訴人には、なれない。告発ってところかな?」 「ええ〜!? でもでも! 同じ衣装を着ているボクと照らしたら、明らかに被害者がボクって分かるじゃない!」 「でも、この画像から、その撮影会での美郁を撮影したものだっていうことは、証明出来ないでしょ? 別の日に似たような服装をした人を、盗撮しました、ってなれば、それまで。だから美郁に出来るのは、告発状を作って警察に持って行くこと」 不満げに「ぶ〜」っと、むくれる美郁の横で、真郁が聞いてきた。 「ごめん、二人の会話、俺には何が何だか」 ちょっと困ったような笑みだ。 ふと、気がついた。夫の真美が弁護士、美郁が司法関係に進みたいということを考えている関係で、悪く言えば法律オタク。なので、うっかり普通に会話していたが、真郁は法律には詳しくない一般人だ。 苦笑が浮かぶのを感じ、ダイニングテーブルにショルダーバッグを置いて、椅子に座りながら、育恵は言った。 「ごめんね、真郁。撮影罪っていうのは、いろんなケースがあるけど、その一つは美郁が主張するような撮影も、犯罪として罰するということ。これまでは、それぞれの自治体で制定されている条例で罰していたけど、相手に負わせる罪の重さがバラバラだったりしたから、それを統一したのが、撮影罪。今回の美郁のケースが微妙だっていうのは、被写体が美郁とは特定できないから、告訴は出来ないっていうこと」 そして、育恵は可能な限りわかりやすく。かつ大まかに説明する。 つまり。
・被写体が美郁とは特定できない。 ・「告訴」は、被害者またはその親権者、つまり真美や育恵が出来ること。美郁が被害者とは特定出来ないため、「告訴」はできない。 ・したがって出来るのは「告発」。「告発」は犯罪被害者でなくとも、行うことが出来る。
「でも、美郁は告訴の方がいいみたいだわね?」 「だってさ、『告発』より、『告訴』の方が相手にボクの怒りが伝わる気がするし」 実際には「告訴」も「告発」も、何らかの犯罪について訴追することに変わりはないし、その法的効力に優劣の差はないが、語感としては、やはり「告訴」の方が、より強権的なものがあるのだろう。 そのとき、「ただいま」と、真美が帰ってきた。 「あれ、どうしたんだ、みんなしてキッチンに集まって?」 育恵は真美に“あらまし”を説明する。すると。 「なんだって!? 美郁、告発状の書き方、お父さんが教えるから、すぐに書きなさい! 今すぐに警察署に持って行って、捜査に動いてもらうから! 真郁、そのサイトを教えなさい! サイバー犯罪対策室に動いてもらって、誰がその写真をアップしたか特定してもらうから! そうしたら撮影罪で……、いや、そんなんじゃ生ぬるい! そうだ! 『美郁盗撮罪』を国会に提出して、通してもらおう!」 「そうだね、お父さん! じゃあ、ボク、ノートパソコン、持ってくるから、ちょっと待ってて!」 「………………」 「………………」 育恵は真郁と顔を見合わせ。
美郁と真美をクールダウンさせるのが、ちょっとたいへんだった。
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