その昔、アクタイオンという狩人が月の女神アルテミスの沐浴をのぞき見たために、その怒りをかってシカに変えられ、自らが連れてきた猟犬たちに殺された。 だが、一説に、それは意図した覗きではなく偶然であったといわれているが……。
午後七時。 「ただ今」と、四方 育恵(しほう いくえ)が勤め先である佐波木市地方検察庁から帰ってくると。 「だから、お兄ィなんだよね、コレ!? 素直に白状してよ!」 「ミーク、俺が本当に、そんなことするとでも思ってるのかい?」 よくわからないが、真郁と美郁が兄妹ゲンカをしてるらしい。 「どうしたの、二人とも?」 声がしたキッチンに入ると、高校の制服から着替えないままにエプロンを掛けた真郁に、美郁が詰め寄っているらしい。美郁の手には、スマホがある。 「ああ、お母さん、お帰り」と、真郁が笑顔で言う。 「お帰り!」と、美郁は不機嫌な声で言う。 育恵は二人に近づいて聞いた。 「えっと。どういう事情なのかしら?」 真郁と美郁は顔を見合わせた後、お互いが決めていたというわけでもないのだろうが、困ったような笑みを浮かべて、真郁から話し始めた。 「一昨日(おととい)、ゴールデンウィークの最終日の東町祭(ひがしちょうまつり)、そこでミークがファッションショーに出たんだ」 「お兄ィ、だから、コスプレ撮影会だってば……」 美郁の訂正に、一応(といった感じで)頷くと、真郁は続ける。 「いやあ、ミーク、よかったなあ……。この調子でいけば、ミークがアイドルになる日も近いなあ……」 何やらボウッとなる真郁に向かって、美郁がわざとらしく咳払いをする。 正気に返った真郁は言った。 「大勢の人が撮影してたんだけど、中に不届きなモノがあって!」 不機嫌な表情で、思い切り鼻から息を吐くと、美郁がスマホの画面を育恵に見せた。 そこに映されていたのは、スカートを覗き込むような、ローアングルのもの。それも、複数。 画像を解説するように、真郁が言う。 「偶然写ったものじゃなく、明らかに狙ってるね、これは」 「ショーツの上にペチパンツ穿いてたから、それは幸運だったけど、そういう問題じゃないよ、これは! それに、顔こそ写ってないけど、衣装なんかを照合したらボクだって丸わかりじゃないか!」 そう言って、憤慨しながら美郁は言う。 「あらあら、まあまあ」 とは言ったものの、親としては、いい気分ではない。もし、この撮影者が目の前にいたら、検察官という公職より前に、美郁の母親としての立場を優先するに違いないだろう。 「だから、俺がかわいい美郁のそんな写真を撮って、ネットにアップするわけないだろ?」 「意図して上げたんじゃなく、流出したってこともあるだろ!?」 日頃の溺愛ぶりから、美郁の中ではこの撮影者が真郁ということに確定しているらしい。 「まあ、ちょっと落ち着けよ、ミーク。俺も、今、ミークから見せられて頭にきてるんだ。それに、冷静になって思い出して欲しい。あの日の撮影会場、パーティションポールとベルトで仕切られてただろ? こんな写真を撮るためには、ベルトより、内側に入らないと無理だって」 その言葉に、美郁は画像を見て、少しだけ顔を上向きにして、天井に目を向ける。自分の記憶と照合しているらしい。少しして、何かに気づいたように美郁は言った。 「確かに……。ボクたちモデルは、一段高い台の上に立ってはいたけど、その台から仕切りまでは、二メートルぐらいは、あったかなあ」 そして、真郁を見て美郁は頭を下げる。 「ゴメン、お兄ィ、ボクの早とちりだったみたいだ」
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