五月半ばの土曜日。 午前九時、睛に「アリシア・マティ」から最終選考通過の通知が来た。つまり。 嬉しさのあまり、私室のドアを勢いよく開けて、睛はリビングへ駆け下りた。すると初めから、その部屋にいたリタがギョッとなる。 「どうしたの、睛ちゃん?」 「ああ、驚かせてゴメンね、理鉈ちゃん! これこれ、見て見て!」 と、スマホに送られてきた合格通知を見せる。 それを読んだリタも、仰天の表情になる。 「をををををををを! おめでとう、睛ちゃん! お祝いしなきゃ!」 「ありがと! わたし、これから、『アリシア・マティ』に行ってくるね!」 「うん、そんなことが書いてあるね! 行ってらっしゃい!」 頷き、睛は洗面所へ行った。
軽自動車に乗って約四十分。「アリシア・マティ」に到着した睛は、はやる気持ちを抑えながら、教えてもらったバックヤード側のドアを開ける。そして、店員に案内されて応接室へ入る。すると、そこには。 「…………柘植口、くん?」 柘植口志足がいた。 志足の表情は、怒りを秘めた幽鬼とでも呼びたくなるほど、現実感の喪失したものだ。 「……大羽か。ここに来たってことは……そうか、お前が選ばれたんだな?」 「ちょ、ちょっと、どうしたの?」 恐ろしい空気をまとわせて、志足がこっちを冥(くら)い瞳で見る。思わず、息を引いて後ずさったとき、ドアが開いて、一人の男が入ってきた。 財部 祥一郎(たからべ しょういちろう)、四十八歳。「アリシア・マティ」の社長である。ガッシリとした大柄な体躯で、武道家の印象さえ与える。顔つきも精悍で、事実、彼は空手や剣道の有段者であった。 「財部社長!」 志足が叫んだ。 「どうして、僕のデザインが落選で、コイツが選ばれたんですか!?」 「君は?」 ある種、剣幕だった志足の声にもまったく動じない祥一郎は、手にしたファイルを開く。 「柘植口志足です! ファイナリスト三人のうちの一人です!」 該当するファイルを見つけたのだろう、あるページに目をやり、祥一郎は志足を見て言った。 「君もいい線をいっていた。だが、決選投票の結果、最終的に大羽くんが選ばれたのだ」 ギリッと音がしそうなほど歯を食いしばり、志足は言う。 「コイツ……大羽睛のものより、僕の方が、何十倍も優れているはずです……! それに、そもそもコイツは……!」 と、志足が睛を睨んで指さした。 その瞬間、心臓をつかまれたような息苦しさが、睛を襲った。
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