「アリシア・マティ」は佐波木市北部にあるジュエリーショップだが、近隣の市町のみならず全国でも名を馳せている。それは優れたデザイナーを発掘し育てているからでもあった。 そして今年、新たなデザイナーを発掘するコンテストが開催される。 第一次、第二次と審査をくぐり抜けた睛は、最終審査に臨むことになった。 最終審査の内容は、店側が用意した百点のパーツの中から任意で選び、それを組み合わせてデザインを創るというもの。その際、そのパーツが飾るジュエリーの種類・カットなども自分で想定しなければならない。 噂で審査内容については聞いていたが、まさか噂通りだとは思わなかった。一応、その噂を前提にしてデザインのシミュレーションをしてはいたが、どんなパーツがあるのか分からず、さらにはジュエリーも自分で選ぶなどと思ってもおらず、頭の中が困惑でオーバーヒート気味だったのだ。
店内に入り、スマホに送られてきたコードを店員に示すと、バックヤードへと案内してくれる。そして教えられたままに廊下を歩き、一人、エレベーターの前に立つと、ちょうどドアが開いた。すると、箱の中にいたのは。 「……柘植口(つげくち)くん……」 「ん? 大羽じゃん。あれ? もしかしてお前も、ここのコンテストでファイナリストになったの?」 細身で、どこか神経質そうな印象の青年が立っていた。その手には、「アリシア・マティ」のロゴが入った、紙製の小さな手提げ袋。 その青年は、柘植口 志足(つげくち したる)、X芸術短期大学をこの三月に卒業した、つまりは睛の同期生。 胸の中がモヤモヤとし始めた時、志足がいかにもイヤミな笑いを口元に貼り付けて言った。 「ま、お前も頑張れよ? もっとも、『社会のはずれ者』にどこまでのことが出来るか、わからないけどな?」 そして去って行った。 エレベーターに乗らないまま、ドアが静かに閉まっていった。
連休明け、尾前川留衣(おまえがわ るい)ことミス・テイクが「SABAKI−ニュース.コム」に出社すると、朝礼で編集長から「重要な報告」があった。隣に膝まで届きそうなほどの長い髪の若い女性がいる。もしかしたら新入社員だろうか? だが、ここは佐波木市内のみにニュースを配信している会社だ。それほどの大人数(おおにんずう)は必要なく、現在の社員だけで足りるはず。 改めて女を見る。端正とまでは言えないが、それなりに整った顔立ち。人の好みにもよるだろうが、どこか暗い影を持ちつつ、何かを狙っているかのような鋭い雰囲気を持った風貌は、美形といってもいいのではないだろうか。背丈は百六十センチ程度だろう。均整がとれた体つきだ。 「え〜、みんな、起立してくれ。……急な話だが、本社のオーナーがかわることになった」 ミス・テイク以外の五人、アルバイトの事務員の女性が、それぞれに顔を見合わせ、首を傾げたりしている。 編集長が言った。 「新しいオーナーの、笹可児 亜羅祢(ささかに あらね)さんだ。笹可児さんは……」 編集長が新しいオーナーの簡単な経歴を話している中、ミス・テイクは亜羅祢をもう一度、観察する。 何か妙な雰囲気を感じる。それはある種の直感といってもよかった。 少しして、亜羅祢が自己紹介のあと、一同を見回して言った。 「皆さん、ニュースは人目を引いてこそのもの。『ニュース』の語源は『news(ニューズ)』、つまり新しく奇抜なこと。いい? 普通の出来事を報道したんじゃ、意味がないの。刺激的なこと、驚くこと、とにかく人目を集めなさい!」 「あの」と、一人の女性社員が手を上げる。 「私たちのところは、地域密着型のニュースの発信をコンセプトにしてるんです。そんな下世話な……」 「ダメよ」 バッサリと斬り捨てた言葉に、ミス・テイク以外の一同が息を呑む。 「これからは、我が社も全国を睨んで活動します。これまでは掲示板の情報提供の中から、おかしなものは弾いてたでしょうけど、それを積極的に拾うようにしなさい。いい? とにかく、人の注目を集める。これが第一歩。情報提供者も、根拠があやふやでも拾ってもらえると知ったら、どんどん情報が来るはずよ!」 亜羅祢の言うことは間違っていない。それにその方がミス・テイクにとっても都合がいい。 だが、何か奇妙な違和感を、彼女は感じるのであった。
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