「じゃあ、ボクからも聞いていいかな?」 唐揚げにかじりついたまま、希依がこちらを向いて首を傾げる。 それを肯定と判断し、美郁は聞いた。 「この間のお茶会で、睛さんに会ったときに、ケイちゃん、なんか気になることがあったみたいだけど。何かあったの?」 ちょっとだけ瞳を上に動かして、空を見る仕草をして「うーん」と言ってから、唐揚げを一口かじりとって、希依は答えた。 「なんとなく、『メーター』を振り切っちゃって、自動的に動いている感じがあったの」 「? ゴメン、ケイちゃん、意味が分からないや」 困惑気味に問い返す。すると、口の中の唐揚げを飲み込んでから、希依が続けた。 「去年の三月、お父さんの単身赴任が決まって、同じように、お母さんが勤め先で経理課の課長同格とかいうのに抜擢されて、残業が増えるってことになったの。だから、家事なんかは私が引き受けるってことにしたのね? ミークちゃんも知ってるように、私には双子の妹がいて、まだ小学低学年だから、インスタントとか出来合いのおかずばっかりじゃ、健康に悪いって思ったの」 美郁は頷く。確かに、家族に用意する食べ物は、健康に留意したい。ふと、真郁も同じ想いなのだろう、と気づいた。あまり無下にするのも申し訳ないと思ったが、それでも限度というものはある。 「ミークちゃん、どうしたの? なんか、苦い表情してるけど?」 「ああ、なんでもないよ? それで?」 「……それで、とにかく手作りとかに、こだわったのね。学校もあったし、家事もあったし、で、最初の頃はヘトヘトだったの。でも、ある時、フッと何かが切れたような感じがあったの。そうしたら、家事があんまり苦痛に感じなくなってきて。でも、そのかわり、おかずとか味をあんまり感じなくなって、どこか感情も私であって私のものじゃないような、そんな違和感を感じ始めたの。それでも、それを不自然と思わなくなってた」 美郁には経験のない心の状態なので、合いの手は入れず、黙って話を聞いていた。 「そんな時ね、お隣に住んでる大学生のお姉さんから、こんなこと言われたの、『希依ちゃん、自動的に動いてるわよ』って。なんのことか訳が分からなかったから、聞いたの、『どういう意味?』って。そうしたら、『夕方、時々、家事してる希依ちゃん見てるけど、表情がないし、話しかけたらインストールされた表情を呼び出している感じがあるの』って。『ひょっとしたら、家が安らぎの場じゃなくて、学校の方が安らぎの場になってるんじゃないの?』って」 その言葉に、美郁はふと、羽屋納総子を糾弾するセイギズラーと戦った時に希依が言った言葉を思い出した。 「心の安らげる家庭が地獄だったら、どうしたらいいの!?」 もちろん、ニュアンスは違うだろうが、希依にも家庭の方が苦痛だった時期があったのだろう。それが、あの時の言葉に繋がったのだ。 「その言葉に、私、電撃に打たれた感じがしたの。気がついたら、そばに妹たちが来てて、私の服の裾を掴んで私を見上げてたの、心配そうに。それで気がついたんだ、私、無理してて、それを気づかせない様にしてるつもりだったけど、かえって妹たちに心配かけてたんだなって。……睛さんからはね、あの当時の私と、どこか同じものを感じたのよ、無理してるのに自分でそれに気づけてない、無理矢理明るい振りをしてることに気づけてないなって。」 「ケイちゃん、すごい。人の気持ちが、そこまで理解出来るなんて。ボク、全然わからなかったよ」 「そんなことないわよ」と、希依は照れる。 その時。 「お喋りが弾んでるねえ」 と、普段着姿のリタがやって来た。隣には、眼鏡をかけたツインテールの、高校生ぐらいの女の子がいる。 美郁がきょとんとリタたちを見上げていることに気づいたのだろう、リタが隣の女子を紹介した。 「紹介しておくわ。彼女の名前はトヴァシュトリ。私の世界の住人。私よりもあとにアパーム・ワールドを脱出したとかで、ダンザインたちがアパーム・ワールドを去ったっていうことを教えてくれたんだ。ちなみにアパーム・ワールドで一番の技術者で、我が一族の秘伝だったヴェーダ……プリ・タブレットを極秘に修復したのも、彼女なんだ」 「え? あの変身アイテムを創った人なんですか!?」 驚いて美郁が言うと、女子が苦笑して応えた。 「創ったんじゃなくて、修復ね。アラヤの一族だけに伝えられてるものだったから、逆に資料の統一性とか、保存状態がよかったんだ。ラッキーだったな。……と。自己紹介ね。ワタシの名前はトヴァシュトリ。こっちでは北斗七星の『斗』に『刃』、『朱色』の『鳥』で、斗刃朱鳥って名乗ってるの。この街から新幹線で三十分のところにある街に住んでます。ヨロシクね」 斗刃朱鳥と名乗った女子が微笑む。 そして美郁たちも自己紹介を終えた時。 「やあ、ミーク!」と、真郁がやって来た。そしてうれしそうに言った。 「午前中は俺も忙しかったけど、午後からはカフェテラスの厨房に使ってる調理実習室も交代になるから、じっくりとミークのファッションショーを鑑賞できるぞ!」 「……お兄ィ、そのファッションショーとか呼ぶの、やめて、ただのコスプレ撮影会だから……」 ちょっとげんなりとなって言うと、真郁は笑顔で言った。 「だったら、なおのこと、観に行かなきゃ! ミークの華々しい初舞台、これで俺のミークが全国区のアイドルに……!」 「もう喋るなァァー!」 恥ずかしさでほっぺたまで熱くなって叫んだが、美郁の心からの叫びを無視して、そのあとは普通に真郁と斗刃朱鳥ことトヴァシュトリの、お互いの自己紹介から、世間話に移っていった。
そして、午後。 午前中と同じ衣装を再び、そして午前中には間に合わなかったが午後には間に合った衣装なども着て、撮影会第二部。他のコスプレイヤーとのコンビや集合写真などもあったが、美郁が出てくる時の撮影者の最前列には、常にデジカメを構えた真郁の姿があったという。
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