公立佐波木東高等学校は、佐波木市の東区にある。以前、美郁たちが住んでいたところからは、徒歩や電車で二十分ほどだったが、今、住んでいる中央区の家からだと徒歩とトラム(路面電車)を利用しておよそ二十分、前と変わらない。学区内でもあることから、真郁は転校する必要がなかった。 今日は、佐波木東高校のグラウンドを利用して、佐波木市との合併前から行われている東町の祭だ。 そして美郁は、ここで佐波木東高校の服飾部が作成した様々な衣装を着て、来場者の撮影に応じるコスプレイヤーの一人を務めていた。兄・真郁の頼みを何度も断っていたが、服飾部の部員たちに土下座までされては、引き受けざるを得ない(中には寝下座や器用にも「しゃちほこ」ポーズをしていた者もいたが)。 そんなわけで様々な衣装を着てグラウンドを歩き、撮影に応じているわけだが、スケジュールがめまぐるしく、途中から訳が分からなくなってきた。なので、
「ミークちゃん、エクステつけ忘れてるわよ」 とか、
「ミークちゃん、ニーハイソックス、左右が逆!」 とか、
「ミークちゃん、スカートスカート! スカート穿き忘れてるから!!」 とか、
「……部長、私たち、あんな衣装、作りましたっけ?」 「悪の女幹部みたいな、あんなエロいの、特撮研に決まってるでしょ! あいつら、いつの間にウチの衣装に紛れ込ませたんだ!? とにかく、ミークちゃん呼び戻して! ……副部長、私は特撮研の連中シメてくるから、ここ、お願いね……!」 とかいうこともあったらしい(最後のは、あとで聞いた)。
そして、一段落し、昼食休憩。 美郁は、出店されている屋台でヤキソバとグレープジュースを購入し、陽のあたる校舎の壁際に座り込んだ。そして、ヤキソバを食べ始めたとき。 「ミークちゃん」 「んあ? ケイちゃん?」 片方の手に唐揚げ弁当、もう片方の手に美郁が買ったジュースと、同じ種類のカップを手にした希依がやってきた。 美郁の隣に座り、希依が笑顔で言った。 「見たわよ、コスプレ撮影会」 「うあ……。そうなんだ」 バツが悪くてしょうがない。見知らぬ人(七割方、男性、三割が女性だった)から「目線くださーい」だの「ポーズつけてください」とか「……一緒に写ってもらっていいかな?」と言われるのは、まだいい。だが、それを知り合いに見られるのは、メチャクチャ恥ずかしいのだ。口から垂らしたソバをすすり上げて咀嚼(そしゃく)するのも忘れ、美郁は耳まで熱くなるのを感じる。 「私も写真、撮らせてもらおうかって、思ったんだけど、なんか、あの輪に入りづらくて。午後からもあったわよね? 昼からは遊びに行くね」 「はわわわわわ! それはカンベンして!!」 全身からイヤな汗が噴き出す。 クスリと笑う希依を見ながら、美郁はボヤいた。 「まさか、髪の毛の毛穴が開くのを、本当に感じるとは思わなかったよ、ボク」 微笑んでから、何かに気づいたように希依が聞いてきた。 「前から聞いてみたかったんだけど。ミークちゃんって、ボクッ娘よね? どうして?」 「うーんとね」 よく聞かれる質問だから、ある程度の「回答」が出来ているが、美郁は改めて頭の中で整理する。 「ボク、小学校の低学年の頃はとっても体が小さくて、よくイジメられてたんだ。でも、そのたびにアニキが助けに来て、取っ組み合いのケンカになることもあったんだ。ああ見えてアニキ、ケンカ強くてさ。ボクが覚えてる限り、全戦全勝だったな。そのうち、『四方美郁はアニキがいないと何にも出来ないヤツ』なんて言われ始めてさ。それが悔しくて、アニキに申し訳なくて。まず女の子っぽい言葉づかいから変えようって思ったんだ。体の方も、実際に武道の本とか買ってもらって、独学で勉強したり。で、気がついたらそれが染みついちゃって、普通になったんだ。今じゃもう、女性っぽい言葉づかいの方が自分の中で不自然になってるんだ」 「へえ、そうなんだ」
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