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作品名:○リキュア Psy! Bang! Shock! 第五話 作者:ジン 竜珠

第10回   第五話 シシュフォスの大岩−10
「コイツ……大羽睛のものより、僕の方が、何十倍も優れているはずです……! それに、そもそもコイツは……!」
 と、志足が睛を睨んで指さした。
 その瞬間、心臓をつかまれたような息苦しさが、睛を襲った。
「コイツは、女のなりをしていますが、男なんです!!」
 全身の神経に過電流が流れ、膝が震える。呼吸が速くなり胃がけいれんを始めた。今にも嘔吐しそうだ。
 下を向き、睛は目をきつく閉じ、歯を食いしばる。嘔吐をこらえるため、喉に力を入れた。

 睛が自分の性自認が違うと、はっきりと気がついたのは、小学六年生、修学旅行の時だった。男子と一緒に入浴するということが、恥ずかしく、そして恐ろしいことに思えたのだ。何かされたら、どうしよう? そんな危機感と恐怖すら覚えた。
 同時に、男性に対して、「このようになりたい」という憧れではなく「恋愛感情」を抱いていることにも気づいた。
 以降、睛はそれを隠しながら生きてきた。家族にカミングアウトしたのは高校に上がってから。何かに悩み続けていることを察した母に、促されてのものだった。
 当然ながら、両親との間のケンカの種になった。父は厳格というほどではなかったが、それでも睛の性自認について怒りを口にした。母は表向きは睛の肩を持つ様な素振りを見せたが、折に触れ「睛が男である」ことを自覚させようとしていた。
 だが、高校二年生の三学期頃に、ようやく両親も諦めた。「納得」ではない、「諦めた」のだ。そして短大に入学したのを機に、思い切って表面を「女性」として飾り始めたのだ。
 何かから解放された様な気がした。それは、魂が牢獄から解き放たれたかのような想いだったのだ。
 そんな時、声をかけてきたのが柘植口志足。彼は睛を完全に女性として見ていた。だが、睛がトランスジェンダーであると知ると、離れていった。周囲の目を気にしてか、公然と誹謗中傷はしなかったものの、裏では、やはり睛のことを悪く言っていたらしい。
 もっとも、それは志足だけではないようだったが。
 世の中は、まだまだ変わっていないのだ。

 それが、ここでも現れた。
“ああ、またか。短大時代、コンテストに応募しても落ち続けた。「大羽睛」という人間としても、表面的にはともかく現実的には受け入れられなかった。どんなに頑張っても、わたしはこの世界で必要とされてないんだね? まるで「シシュフォスの岩」じゃない。頑張って頑張って、命を削って岩を持って上がっても、その岩はまた下に落ちてしまう。何度も拾いに行っては、何度も落としてしまって。何をしたって報われない。なんでわたし、生まれてきたの? わたしなんか、この世界に必要ないじゃない!”
 涙がにじんできた時。
「知っている。それがどうかしたのかね?」
 まるで何でもないようなことのような、そんな声がした。
 思わず顔を上げると、祥一郎が平然として志足を見ていた。
 志足は「え?」と、不思議そうな顔になっていた。
 祥一郎は言う。
「エントリーシートの記入項目に性別があったのを、君は忘れたのか?」
 その言葉に志足が「あ」と、今、思い出したかのように目と口を丸くする。
「君に聞きたいのだが、トランスジェンダーであることとデザイナーの才能との間に、何らかの因果関係でもあるのかね?」
 祥一郎の、その言葉に志足は、やや、しどろもどろになったが、
「え? あ、ああ、ええと、いや、あの……。そ、そうです! こいつらは異性じゃなく同性が好きなんです! 同性同士じゃ、子どもが生まれない! 生産性がないんです! 何かを生み出すことが出来ない者が、いいデザインを生み出せるわけがないでしょう!」
 一転、勝ち誇ったかのような笑いを顔に貼り付けた。
 それを聞いた祥一郎は一瞬、眉間にしわを寄せて厳しい表情になったが、やや、それを緩め(それでも厳しめの表情だったが)、言った。
「じゃあ、君に尋ねよう。仮に君が、心が男で体が女だったとする。そして両親から『いい男と結婚して立派な子どもを産んで育てろ』と言われたら? 君は、“同性”と結婚し、毎晩のように好きでもない男に抱かれるんだぞ? そんなとき、君は周囲にどんな対応を求める? どんな社会を望むんだ?」
「そ、それは……」
 思いもしない質問だったのだろう、志足は答えない。否、答えられないのだろう。
 人は自分の主観でしか物事を理解出来ない。故に差別や他者否定、そして排撃が起きるのだ。
 だが、それは時に睛もすることであり、誰でもがすること。
 要は、祥一郎のように「そのこと」に気づけるか否か、なのだろう。
「それに、子どもを『生産力』呼ばわりすることについて、ここで疑義を唱えたいところだが、置いておく。柘植口くん、だったね? 君は、現在この国の児童養護施設に、どれだけの児童が保護されているか、知っているか?」
「は?」と、虚を突かれたような表情を、志足は浮かべた。睛も、いったい何を言いだしたのか、と思う。
「五年おきの調査なので古いデータになるが、およそ二万七千人だ。そのうちの一万二千人あまりが、虐待やネグレクトのために保護されている。……つまり、保護されなかったら、それだけの命が失われていたかも知れない。君が言う貴重な『生産力』が、普通のカップルの間で生まれた子どもでさえもが、殺されていたかも知れないのだ。だったら、法改正をして同性カップルでも養子縁組できるようにすればいい。立派な『生産力』を育てることが出来る。……例え親に捨てられたのだとしても、その後、大人に必要とされて育てられた子どもは、貴重な『生産力』になるんじゃないのかね?」
 志足は何も言わない。睛も黙って聞いていた。
「これは秘密でも何でもないが、私も養護施設出身だ。里親には本当に感謝している。才能や技術力は、確かに生まれ持ったものもあるだろうが、後天的な努力で磨くことが出来る。トランスジェンダーかどうかとは、関係ない。どれだけ己を鍛え、磨いたか、だ」
 しばし、空白の時間が流れた。
 そして。
 志足は、部屋を後にしようとドアまで歩き、振り返る。その時、祥一郎の手にしたファイルが見えたのだろう、嘲笑に似た笑いを顔に浮かべ、捨て台詞のように言った。
「フッ、やっぱり僕のデザインの方が優れているな。大羽のデザインは、幼稚だ。頑張っても、その程度か」
 目を閉じた祥一郎が、ふう、と息を吐き、言った。
「柘植口くん、確かに君のデザインはいいと思う。きらびやかだ。だが、その中に『自分はこれだけスゴいのだ』と必要以上に己をアピールする、イヤミさが見て取れた。それから最後に言っておく」
 祥一郎は振り返って志足を見る。
「人の“一生懸命”を笑うな!」
 まるで猛獣に睨まれた小動物のように身を萎縮させ、志足は去って行った。
 閉じきらないドアの隙間から「こっちから願い下げだ、こんな三流会社」と毒づく志足の声が聞こえたような気がした。
 それを聞いたかどうか。
 祥一郎はこちらを向き、笑顔で言った。
「じゃあ、大羽くん。これから打ち合わせをしよう。君のデザインを元にしたジュエリーについて、ね」
 祥一郎の言葉が、胸の中に太陽が輝き始める暖かさと希望を感じながら、睛は「ハイ!」と答えた。
 先刻までにじんでいた涙は、うれし涙となって頬を伝っていった。


「これにて、閉廷! ……で、いいの、これ?」
 ジャスティスが、恐る恐るハンマーを地面に打ち付けた。
「コン!」と、小さな音がした。
 そしてヘルマの元に、理鉈がやってきて、笑顔を浮かべて言った。
「あなたが抱えていた問題、クリアできたかな?」
 心の中に暖かな日射しが差し始め、涼やかな風が吹き始めたかのような気持ちで○ュアヘルマ……大羽睛は答えた。
「ええ。まだ完ペキではないけれど、少なくとも、わたしを理解してくれる人がいて、この世界にいてもいいんだっていう気持ちには、なれたかな?」
 控えめに言ったが、多分、自分は晴れやかな笑顔を浮かべているのだろうと思いながら。


 セイギズラーが消えたのを確認し、丘の上でドクゼーンは呟いた。
「なるほど。弱き者の声を聞き出す、○リキュアどもの、あれも正義の形か」
 心の中に満足感にも似た思いがわずかながらも生まれ、ドクゼーンは口元にかすかな笑みを浮かべる。だが、次の瞬間、何かを感じ、ドクゼーンは空を仰ぐ。
「この気配は! ……まさか、ヤツらがこの世界にも……?」
 ドクゼーンが睨んだ空の先には、何ものの姿もなかったが、彼には確かに感じられた。

「ヤツら」の気配が。





 かつて、伝令の神ヘルメスと美と愛の女神アフロディーテとの間に生まれた美少年は、泉の精サルマキスと一つになり、両性具有となった。
 その名を、ヘルマプロディトス、ヘルメスとアフロディーテ、両神の美を受け継いだ、両性具有の神である。






 翌週月曜日。
 佐波木市にある佐波木警察署に、美郁の父・真美(まさよし)は来ていた。彼は国選弁護人でもあり、今回、ある被告人の弁護をすることになったからだ。
 佐波木市の近くに拘置支所がないため、起訴された被告人は佐波木署に併設された留置場に収容されている。

 取調室に案内されると、そこには女性警察官に拘束された被告人が椅子に座っていた。三十代半ばから後半といった雰囲気の、髪の長い女性だ。
 向き合う席に座って、真美は机の上に名刺を出す。
「初めまして、あなたの弁護をすることになった四方真美です。八島 叡子(やしま えいこ)さんですね?」
 女性が頷く。
 真美は確認した。
「あなたは起訴内容について全面的に認めているということですが、それでよろしいですか?」
 女性が頷き、真美を見て答えた。
「はい。私が、自分の弟と子どもを殺しました」
 確かな意志のこもった声で。


(○リキュア Psy! Bang! Shock! 第五話・了)


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