その夜遅く、リビングで美郁はその日の裁判の結果について父・真美(まさよし)や育恵と話をしていた。 「ねえ、お母さん。今日の裁判の判決だけど。率直に言って、ボクはおかしいと思ったんだ。お母さんも、そんな感じだったよね?」 育恵はちょっと困ったような表情で応える。 「守秘義務やらなんやらで、こういうこと言うべきじゃないけど。確かに、お母さんもおかしいと思ったわ。あそこの裁判長、こういったら御幣があるけど、少し被告人の肩を持ちすぎる傾向にあるのよね。もちろん、犯罪者のすべてが極悪人という訳ではないし、今後の社会復帰ということを考えたら、厳しい刑を科されるのと、多少でも恩情をかけられるのとで、人の見る目もかわってくるところがあるから。でも、検事の私がこんなことを言うのはどうかと思うけど、さすがに今日の裁判はおかしいと思ったわ。案の定、弁護側は控訴してきたけど」 真美も言った。 「お父さんは国選弁護人に登録しているから、ちょくちょく刑事裁判に関わることがあるけれど。今日の判決をお母さんから聞いて、確かにおかしいと思ったな。慣例から見て検察の求刑は妥当だし、それを超える判決というのはちょっと考えにくいね」 やはり、両親とも厳しい判決だと思ったようだ。 「ねえ、お父さん、お母さん。裁判って、真実を明らかにする場だよね?」 なんとなく聞いてみた。美郁は、そういう認識なのだ。だから、今日の判決が「真実」だとは、認められない。 真美と育恵が顔を見合わせる。そして頷き合い、柔らかな笑みで真美が言った。 「美郁、裁判は、真実を明らかにする場じゃないよ?」 「え? 違うの?」 ちょっとした衝撃が美郁の胸を突く。 二人が頷く。 「それじゃ、裁判って、いったい何なの?」 それには育恵が答えた。 「それは美郁が考えなさい」 「ええ〜?」 不服の声を漏らすと、やはり二人は笑みを浮かべ、育恵が言った。 「大丈夫。美郁なら、きっと答が見つけられるわよ」 「ぶー」 美郁は、また不服の声を漏らす。 その時、ふと美郁は思い出した。 「そうだ。ねえ、お母さん、今日の裁判で左陪席が替わってたけど?」 「ああ、渡賀 正(わたしが ただし)くん? 江崎(えざき)くんが急病で入院しちゃったから、それで渡賀くんが緊急で異動してきたそうよ」 「へえ、そうなんだ」 「さあ! 難しい話はそのぐらいにして! デザートを作ったんだ!」 突然、キッチンにいた兄の真郁がやって来た。その手に持ったトレイの上には、生クリームがのったスイーツがある。 美郁は壁掛け時計を見る。 「こんな遅い時間に、そんなカロリーの高そうなもの食べたら、太るから、ボクはパス」 「そんなこと言わないで! ミークは育ち盛りなんだ、このぐらいすぐにエネルギーに変わるから、問題ないさ! ところで、今度のゴールデンウィーク、うちの高校でイベントをやるんだ、出てくれないかな?」 「出・な・い」 「服飾部のメンバーには、会ったことがあるよね? 彼女たちがミークにピッタリのコスチュームを作ってくれたんだよ」 そう言って真郁が向けてきたスマホの画面に映っているのは、どこぞのグループアイドルが着ていそうな制服調の衣装。 「それからね」 と、スワイプすると今度は少しそのデザインを崩した感じのもの。 「俺がスマホの待ち受けにしてる、ミークの写真を見た特撮研究会も、協力してくれてね」 次に出てきたのは、まんま、エロス全開の悪の女幹部。 「……だから、お兄ィは、ボクをどの方向へ持っていこうとしているんだい?」 「はっはっはっは。決まってるじゃないか、ミークはいずれ、この国を代表するアイドルになるんだ。このイベントは、その前哨戦さぁ!」 「誰が出るかぁ、そんなイベントー!」 などというやりとりを、両親は「コーヒー入れようか、お母さん?」「私、コーヒー。あ、インスタントにするから自分で入れるわ」と、スルーしていた。
いつものことだから。
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