裁判所を出て、美郁は希依に言った。 「なんか、変だったよね、判決。確かに許せない犯罪だけど、お金を返す意志はあるし、検察側の求刑も妥当だったと思うんだ、ボクは。ここの裁判長、いつもは甘い判決なのに、なんで今回に限って、こんな厳しい判決になったのかな?」 頷いて希依が言った。 「そうよね。未決勾留日数が差し引かれたのはいいとしても、なんか、釈然としないな。前回の裁判で、裁判員とか裁判官の心証を悪くするようなことが、あったのかも知れないわ」 同じように今日の裁判の内容に、疑問を持った人がいるらしく、量刑に対し色々と話をしているのが耳に入ってくる。 「う〜ん、そうなのかなあ……? それはそうと、今日初めて見た左陪席の人、どこかで見たことがあるような気がするんだ」 「え? そうなの? もしかして、知り合い?」 「うーん、なんていうか、うまく表現できないんだけど。会ってるはずなのに、知ってるはずなのに。でも、どうしても思い出せないんだ」 腕組みをし、考えてみるが、どうしても思い当たらない。まるで夢の中で出会った人物のように、記憶だけを残し去って行ったかのようだ。 だが、考えても思い出せないものは仕方がない。気持ちを切りかえ、美郁は言った。 「ねえ、これからリタ会長のところに行かない? 電話で話はしてあるんだ。予定がなければ、だけど?」 「ええ、いいわよ」 と、希依は笑顔で頷いた。
リタ会長こと浦田 理鉈(うらた りた)は、美郁の家のお隣さんだ。アパーム・ワールドという異世界からやって来た少女で、本当の名前はリタ・ヴラタ・アラヤというのだという。 美郁はインターフォンのボタンを押す。ほどなくして。 『はい』と、女性の声がした。 「隣の四方美郁ですけど」 『ああ、ミークちゃんね。リタちゃんから聞いてるわ。ちょっと待ってて』 希依が聞いてきた。 「ねえ、今の声の人、誰? 会長って、一人でこの世界に来たのよね?」 「ああ、それはね」 と、美郁が答えるより早く、ドアが開いた。普段着姿の理鉈が、いつものような眠そうな表情ながらも笑顔を浮かべて言った。 「やあ、いらっしゃい。……ああ、ケイちゃんも一緒なんだ」 「お邪魔でしたか?」 ちょっとだけ不安そうに希依は言う。 笑顔で理鉈は首を横に振った。 「ううん。問題ないわよ。さあ、入って」 笑顔で頷き、美郁は希依とともに、家に入る。
和室で、すでにお茶会の用意は調っていた。理鉈が新たに希依のカップや皿を持ってくる。 一同が揃ったところで、睛(しょう)が言った。 「ミークちゃんとは、二、三回、顔を合わせたことあるけど、この三週間、ゆっくりお話ししたことないから、ほとんど初対面みたいなものね。では改めて」 そして少し呼吸を整え、咳払いを一つしてから喋り始めた。 「私の名前は、大羽 睛(おおう しょう)。大きい羽根に、睛は、こういう字を書きます……」 睛はペンでメモ紙に名前を書く。 「この三月にX芸術短期大学を卒業して、今、佐波木市のパワーストーンショップ『エヴィエニス・ペトラ』で働きながら、宝飾デザインの勉強をしています。夢は、私がデザインしたジュエリーが、世界に羽ばたくことです!」 そして、頭を下げる。美郁、希依、そして理鉈が拍手した。 拍手を終えてから、希依がおずおずといった感じで理鉈に聞いた。 「え、と。リタさんと睛さんは、どういう……関係……、です……か?」 その質問には理鉈が答えた。 「私の母方の親戚の従姉妹。私、去年の夏に両親が海外に転勤してね、海外に行くのは不安だったから残ることにしたんだけど、この街で頼れる親戚が睛ちゃんしかいなかったから、一緒に暮らすことにしたのよ。で、このたび、ここに引っ越してきたんだ」 ……ということになっているようだ。 「よろしくね、ミークちゃん、ケイちゃん」 笑顔でそう言うと、睛は軽く頭を下げる。 その時。 「…………」 「どうしたの、ケイちゃん?」 訝しげな表情になった希依に、美郁は小声で聞く。希依も小声で応えた。 「うん、さっきからちょっと……。ううん、なんでもない」 幸い、今のやりとりは、慌ててお湯の入ったポットを取りに行っていた理鉈や睛には、聞かれていない。
|
|