そんな会話を終え、二人は生徒会室を出る。理鉈が施錠するのをなんとなく見た後、ふと顔を上げると、一人の女子が向こうに向かって歩いていくその背中が見えた。しかし、その先に二人の女子がいて、それに気づくと立ち止まる。二人の女子は、何か意味深な笑みを浮かべてヒソヒソと話をする、立ち止まった女子を見ながら。 立ち止まった女子はクルリと百八十度向きを変え、こちらに向かって歩きだした。美郁に気づくと、うつむき、その横を通り過ぎる。 『……あの子だ』 例の、独りで寂しげに昼食を食べていた女子だ。通り過ぎる時に学年章が見えた。同じ二年だった。 気になったので、ヒソヒソ話をしていた女子が去ったのを確認して、美郁は理鉈に聞いた。 「リタ先輩、今通り過ぎていった二年の女の子なんですけど」 振り返り、確認した理鉈は微妙な、ある意味、沈痛にも見える表情を浮かべて言った。 「二年D組の、飯田木之菓(いいだ このか)ちゃんだね。……ちょっと事情がある子なんだ……」 「やっぱりそうでしたか」 「ミークちゃん、知ってるの?」 「そうじゃなくて」 と、美郁は何度か昼食時に見ていることを話す。 ちょっと置いて。 「ミークちゃん、ジュニアアイドルの『きのみん』って知ってる?」 「ああ、知ってます! テレビドラマとかバラエティーで、すごい人気で! でも、去年の十一月頃から見なくなったんですよね。理由は分からないけど」 「私、こっちの世界に来て、魔法で情報収集したんだ。それは、今もアップデートしてる、不自然に思われない程度にね。『きのみん』が姿を消したのは、同じ事務所にいる女の子の匿名による告発が原因なんだ」 「え? 告発?」 頷き、理鉈は続ける。 「『きのみん』は有力者と性的関係を持って、仕事をとっている。それで、有名になれた」 まったく無感情に言った理鉈の言葉だったが、心臓が鷲づかみにされるような衝撃を、美郁は覚えた。 「告発した女の子の『やっかみ』だっていう見方もあったけど、大方はそれが真実だっていう判断でね。他の方向からも証言があったりして、結局、活動自粛。要するに、干されたってこと。ネットで騒ぎになってたと思うけど?」 「すみません、ネットニュースは、刑事事件とか、事故とか、そういう社会ニュースしかチェックしてなくて」 申し訳なく思い、頭を下げながら、美郁は答える。芸能ニュースは、自ら避けているところがあった。 「『きのみん』は逃げるように都会を去り、母方の祖父母のところに身を寄せた。そして、その町の学校に通い始めた。傷ついた心のままで。でも、いくら隠してても、わかっちゃうんだね。誰かが『きのみん』だって指摘して、それから始まったんだ、彼女……飯田木之菓ちゃんに対するイジメが」 「えっ!? さっきの女子が、『きのみん』なの!?」 驚いて彼女が消えた方を、振り返る。テレビ画面越しだが、感じていたキラキラしたオーラが、まったくない。別人としか思えない。 「そのこと、学校は把握してるんですか?」 理鉈は首を横に振る。 「みんな、巧妙でね。クラス担任の先生も、彼女が暗いのは、こちらに引っ越してくることになった理由のせいだと思ってるみたいだから」 難しい問題だ。ただ世間話をしている、というだけではイジメとは認定されないだろう。 思わず「出来ることはないか」と考えている自分に気づき、美郁は口を一文字に結んだ。ふと、それを見ている理鉈と目が合った。 理鉈が何を考えているかまでは、わからない。
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