『朝ー! 朝ー! 朝だよー! イィヤッホウ!』 ベッドの上に置いてある目覚まし時計が、プリセットされた女性声優の声でわめく。 のそのそと手を伸ばし、停止ボタンを押すと、そのまま目覚ましのセットボタンもオフにする。スヌーズ設定なので、こうしておかないと二分おきに鳴るようになっていて正直うるさい。 起き上がり、時計を見る。 午前六時五十分。 「……よし」 小さく気合いを入れ、背伸びをする。徒歩通学という点では以前、通っていた打妙中学と変わらないが、前より少しばかり、距離がある。 ベッドから出て、洗面所へ行き、ダイニングへ向かう。既に食事が出来ていた。 「おはよう!」 元気に挨拶すると、テーブルに着いていた父、そしてガスコンロの前にいる兄も笑顔で「おはよう」と挨拶を返してきた。 椅子に座ると、父・真美(まさよし)が笑顔で聞いてきた。 「どうだ、学校には慣れたか?」 「まあ、ボチボチかな? まだ、二週間ぐらいしか、経ってないし。それより、お父さんは、どう? 弁護士事務所の方は?」 真美は、四十五歳。打妙町に住んでいた時は、「吉坂法律事務所」に所属していた。所長である吉坂弁護士が大学の先輩でもあったからだ。しかし、十年前に吉坂は病気で急逝。吉坂の甥が弁護士で同じ事務所にいたが、まだ後を任せるには心許ないという訳で、その補佐をしていた。そして、この度、その甥が吉坂法律事務所を継いだので、かねてからの希望でもあった独立を、遅まきながら果たしたのであった。 「今は、まだまだクライアントの取り付けや顧問契約の開拓でたいへんだよ。考えると、吉坂先輩はすごかったなあって改めて思うね」 少しして、すでにスーツに着替えた母・育恵(いくえ)がやってきた。 「おはよう」 やや、欠伸(あくび)をかみ殺したような感じだ。そして椅子に座る。 育恵は四十四歳。佐波木市にある地方検察庁に勤務している。異動が二〜三年おきとあって、単身赴任ばかりだが、去年から佐波木市地方検察庁に赴任になった。だから、今年も家族とともにここ佐波木市に来て過ごすことが出来る。まさに幸運といえよう。 美郁が聞いた。 「お母さん、ゆうべは新任の上司さんと新人の事務官さんの歓迎会だったんだよね。何時に帰ってきたの?」 軽く首を回し、肩周りをほぐす仕草をして育恵は答える。 「一時ちょっと前だったかな? 新任の次席検事につきあってたら、そんな時間になっちゃって」 次席検事は、佐波木市地方検察庁のナンバー2だ 真美が心配そうに聞いた。 「おいおい、軽めのパワハラか?」 さすが弁護士、こういうことにはすぐにアンテナが立つ、と美郁が思っていると。 「そんなんじゃないのよ?」と、育恵は笑顔になる。 「ある高名な検事正とか、任地の所轄の刑事の悪口で盛り上がっちゃって。で、そのままいろんな噂話とか聞いちゃった」 その時、高校二年生の兄・真郁(まいく)がトレイをテーブルまで持ってきた。 「はい! 今朝はスパニッシュオムレツ! 挽肉とタマネギと、キャベツ、ミックスベジタブル入りだよ」 そして、一皿ずつ配り始めたが。 「……お兄(にぃ)。ボクのだけ、やたら大きいよね?」 「うん、卵、三つ使ったからね!」 「いつも言ってるよね、ボクは大食いじゃないって?」 「でも、いつも平らげてくれてるじゃないか。お兄ちゃんは、とってもうれしいよ!」 爽やかな笑顔で真郁は応える。 「もったいないから食べてるだけなんだけど?」 自分でも、声が震えてくるのが分かる。 「ミークは育ち盛りなんだから、たっくさん食べて、元気な強い子になって欲しいんだ」 「ボクはもう、中学二年生だー!」 「そう、俺の自慢の妹さ。ポスター作って市内に貼って回りたいぐらいだよ!」 「お兄ィはボクを、どういう方向に持ってくつもりなんだよー!?」 そう叫ぶ横で、真美が「お母さん、コーヒー、濃いめにしとこうか?」と聞き、育恵が「うん、お願い」とマイペースで会話を続けていた。
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