理鉈からはこのアイテムについては内緒にするように言われたので、校則についての簡単な説明だと希依には話し、学校を出た。学校の下り坂を下(くだ)り、百メートルほど歩いたところにある商店街のところで、希依とは別れることになる。美郁はこの商店街を通って徒歩で帰るが、希依はここのバス停を利用しているのだ。 希依は用事があるというので、商店街でのウィンドウショッピングは、美郁一人で行うことに。 雑貨屋、本屋、駄菓子屋など、いろいろと眺めていた時だった。 パン屋から、一人の若い女性が出てきたのだ。その女性は三歳ぐらいの女の子を連れて、商店街専用の駐車場へ向かっている。女性は目の下に隈を作り、どこか疲れている。セカンドバッグの他にも、そのパン屋のものと思しき紙袋を手にしていた。 なんとなくそれを目で追っていると、またパン屋から、今度は六十代半ばぐらいの男性が出てきた。男性は先に出た女性を睨んでいる。視線で射殺しそうなほどだ。 そして男性はスマホを上着のポケットから取り出し、何か入力し始めた。
「ほう? なるほどなるほど。これは面白そうだ」
突然、背後から若い男の声がした。美声といってもいいのに、怖気(おぞけ)の来るような声。 思わず振り返ると、二、三十メートルほど先にザンバラ髪の若い男。着ている服は、異国情緒を感じさせるものだ。イケメンといってもいいが、近づいてはならないタイプの人間だと、本能が言っている。 こんなに離れているのに、あの声は耳元で聞こえたのだ。明らかにおかしい。 男が言った。 「この前は、マナスが思ったよりも弱くて、セイギズラーを生み出せなかったが、今度はうまくいきそうだ」 そして、右手を顔の位置まで上げて、言った。
「我こそ正義! 我こそ真実! 悪を裁け! 罪を裁け! 悪は断じて許さず! 来い、セイギズラー!」
男の手から、文字の繋がったような光の帯が現れ、パン屋から出てきてスマホを操作している男を取りまいた! 男は何が起きたか、理解出来ないようだったが、不意にひっくり返った声を上げてへたり込んだ。そして男から文字の帯に引っ張られるように、白い影が現れ、商店街の通路で全高五メートルほどの怪物が現れた。 怪物の姿は、まるで三角形に切ったサンドイッチ。そのサンドイッチに手足が生え、上部にスマホのような長方形の物体があり、そこに二つの「目」が表示されていた。 『セイギズラァァァァ!』 怪物が吠えた。人々がパニックになり、逃げ始める。美郁も逃げようと思ったが、何故か「この場にいなければならない」という強い思いも芽生えた。 その時、ふと気になって、先の親子連れを見た。母親の若い女性が、スマホを手にへたり込み、小刻みに震えている。それは泣いているようにも見えた。 何だろうと思い、美郁はスマホを出す。ほとんど無意識の挙動で、ある掲示板を開く。そしてそこには……。
『今、パン屋でサンドイッチ買ってる母親がいた。2パック買ってた。あれでメシにするのか? 2パックって家族の分か? サンドイッチぐらい手作りしろよ! パンとハムとレタスとマヨネーズがあれば、出来るだろ! 簡単だろ! 母親だろ! バカ親! サンドイッチ作るのが嫌なら、子供なんか、作るんじゃない!』
「……ひどい……」 あまりの言葉に、美郁は眉をひそめた。そして、こともあろうに「いいね」が、ものすごい勢いで増えていく。なぜか、それは怪物のせいに思えた。 美郁は怒りとともに、男に言った。 「キミ、なんで、こんなことするんだ!? なんだ、あの怪物は!? キミは一体、何ものなんだ!?」 男がこちらを見て、片方の眉を、クイ、と上げる。 「おや? 逃げ遅れた人かな? いや、違うな、意識してここに残っているのか。たいしたものだ」 そう言って、男は不敵な笑顔を浮かべた。 「君の勇気に敬意を表して、説明してあげよう。あの巨神(きょしん)はセイギズラー、人々の中にある『自分だけが正しい』と思うマナスを実体化させたものだ」 「マナス?」 「個人的な意志のエネルギー、とでもいったものだ。そしてセイギズラーからは、同じくマナスが放射され、それに同調した者が、正義を表明していく。……どうだい、こうして、世界は正義で溢れかえっていくんだ。悪がいなくなる。平和の実現だ!」 「それがキミの正義なの?」 男の独り善がりな言葉に、美郁は激高気味に言った。 「違う! そんなの、正義じゃない! 正義中毒だ!」 「ほう?」と男が、すうと目を細める。 その時、美郁は生徒会長から渡されたものがなんであったのか、唐突に理解した。
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