佐波木(さばき)市にある地方裁判所佐波木支部から出てきた二人の少女。一人はショートヘア、一人はロングヘアの長身。ショートヘアの少女はボーイッシュな美少女で、今一人は誰もが振り返るような美少女だった。 ボーイッシュな少女が、憤まんやる方ない、といった様に言った。 「あの判決、絶対おかしいよ。ボクなら絶対に危険運転致死傷罪を適用するな」 それを聞いたロングヘアの少女が苦笑を浮かべて言った。 「ミークちゃんは、ちょっと厳しいかな? 検察官も認めてたでしょ、事故の前に電柱にぶつかって、パニックになってた、っていうのは。複数の対向車のドライブレコーダーの映像っていう、客観的証拠だってあるんだし」 「ケイちゃんこそ、甘すぎるよ。いくらパニクってたからって、一般道を時速八十キロ以上で走って、信号無視なんて、過失致傷の域を超えてるって! ていうか、この日本っていう国自体が、加害者に甘すぎるんだ!」 ロングヘアの少女は「あはは」と、やはり苦笑いで応えるのみだ。 ミークと呼ばれた少女……四方 美郁(しほう みいく)は、思い出したように言った。 「そうだ。実は父さんが独立して、弁護士事務所を構えることになったんだ。場所は佐波木市の中央区!」 「え? そうなの?」 と、ロングヘアの少女……葉苅 希依(はかり けい)が、驚いたように応える。 「うん。家も事務所の近くなんだ。……まあ、近くって言っても、十分ぐらい歩くけど。中央区っていったら、確か佐波木第一中学校の校区だよね?」 希依がうれしそうに頷く。 「うん! そうか、じゃあ、ミークちゃんも四月から同じ中学校だね。そういえば、ミークちゃんのお母様って、検事だったわよね?」 「うん。打妙(うったえ)町だから、裁判の時には、ここに来るんだ」 「じゃあ、問題ないわね。打妙町と佐波木市中央区って、この裁判所を挟んで、百八十度、東と西になるし」 「うん、よろしくね!」 弾けるような笑顔を浮かべた美郁に、希依も笑顔で頷いた。
裁判所の遙か上空に、一人の青年が浮かんでいる。髪こそザンバラだが、その容貌は美形と言ってもいい。 青年の着ている服は、この国のものとはデザインが異なる、どこか異国情緒を感じさせるものだった。 青年は空中に目をやり、あちこちを眺めている。そして不敵な笑顔を浮かべて言った。 「ほう? なかなか面白い世界じゃないか。己だけが頭がいい、己のみが正しい、そんなマナスに満ちている。先遣としてやってきたが。どれ、少しばかり試してみるか」 そう言って青年は何かを探すように、頭(こうべ)を巡らせる。そして。 「そうだな、様子見としては、あのぐらいが適当だろう」 口元に薄い笑みを浮かべ、右手を軽く挙げた。
美郁が、突然立ち止まり、険しい表情で周囲を見回す。 「どうしたの、ミークちゃん?」 「う……ん。今、なんか、ものすごくイヤな感じがしなかった?」 「え? 何、それ?」 「なんていうか、うまく言葉にならないけど、とにかくイヤな感じ……」 希依は辺りを見るが、わからない。 「もしかして、風邪引いた?」 「違うと思う。そういうんじゃないんだ」 そう言って、美郁が笑顔を作った。 「ゴメンね、変なこと言っちゃって」 「……うん」 そして、二人は何ということはない、雑談をしながら、駅へと向かった。
|
|