「えー、わが支社でも、この度(たび)、導入することに致しました」 金曜日の午後四時半、俺たちが勤務している部屋に支社長が入ってきて、そんなことを言った。 俺が勤める会社は、ある大企業の地方支社。その町の人口規模に応じて、ここもこぢんまりとしており、社員数は全部で七十人ちょっと。あるテナントビルの、三階を占有している。 総務課長が言った。 「えっと、導入する、って、なにを、ですか?」 どこかから「え? 総務課長が知らないの?」って小さな声がした。それにあわせるように、ざわつきが起こり始める。 「静かに!」 支社長が声を張ったんで、一同が静かになる。 「あー。上意下達! 私もさっき、本社から伝えられたばかりだ」 ちょっと困ったような表情で、支社長が言った。つまり、強制か。これが地方の、弱小支社の辛いところか。 支社長が咳払いをして言う。 「この度、導入するのは、君たちもマスコミ等で知っていると思う。イモートワークだ」
「……………………………………は?」
俺だけじゃない、あちこちで困惑の声がした。俺は恐る恐る挙手して、聞いた。 「あのぅ。リモートワーク、ですか?」 「イモートワーク」 「リモートワーク?」 「イモートワーク」 「……………………」 「あとで、君たちのパソコンに、希望票が送られてくる。実際に妹がいようといまいと、これは強制だから、記入して、本社に返信すること。導入は来週の月曜日、午前九時から。なので、緊急の仕事がある者以外は、自宅での勤務とする。何か質問は?」 いや、何か質問は、っていわれても、何を聞いていいやら。 誰からも質問がなかったので、支社長の話はおしまいとなった。
で、俺は新着メールが来たんで、開いてみた。 「なになに……。希望年齢、十九歳から六十四歳。……広すぎだろ、これ!! 六十四歳っつったら、兄は六十五歳! 退職してるよ、うちの規定じゃ! ……ああ、双子って事を考えてるのか。細けぇな! ……えっと、それから、家事は……。『全般こなす』か、それ以外は、料理、掃除、洗濯、整理整頓、買い出し、接客、どれかにチェック、複数回答可……。メイドか!! 何なんだ、この希望票!? 『メガネの有無』……誰だ、こんな項目入れたバカは? 呼び名、『お兄ちゃん、お兄さん、お兄様、兄貴……etc』。ゲームじゃないんだから……。あ、最後になんかある。『これは福利厚生の一環なので、発生する経費はすべて組合で負担します。なお、最後に配布される評価表の結果で、このイモートワークが継続されるか否かが決まるので、きちんと査定をお願い致します』……。おかしいだろ、ここの組合?」
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