「私は、おつう、と申します。あなた様は?」 「オイラは、よひょうだ」 「そうですか? おや、よひょう様、もしかして、夕餉(ゆうげ)のお支度でしょうか?」 おつうは鼻を、くんかくんか、とさせます。なんだか、美味しそうです。それを警戒した訳ではないでしょうが、よひょうは言いました。 「いやあ、これはオイラ一人でも出来るからよ」 「そうですか……」 おつうは、その「いい匂い」に未練がありましたが、ひとまず、本題に入ることにしました。 「一宿(いっしゅく)……の」 一飯(いっぱん)はないので、おつうは適当に言葉を濁して言います。 「お礼に、あなた様に差し上げたいものがございます。あちらの奥の部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?」 「ああ、あれは、部屋じゃねえ、押し入れだ。しかも、何年も掃除してねえ」 「え? あ、ほんとだ、てか臭ッ!」 カビのニオイが鼻をつきます。起こったホコリは、もしかするとカビの胞子かも知れません。 咳き込みながら、おつうは聞きました。 「では、隣の、この部屋は?」 「物置だが、今は死んだおっ母の使ってた機織りがあるだけだな」 機織り! 恩返しのネタが決まりました。 「では、あちらの部屋と機織りの器械をお借りします。……ですが」 物置に入り、障子に手をかけて、おつうは言いました。 「決してこの部屋をお覗きになりませんように……」 ピシャリと、おつうは障子を閉めました。 「さてと。それでは」 障子が開きました。 「……よひょう様、今、私、申しましたわよね、覗かないでって」 「んだ。でも、閉め切られると、気になるで、開け放しといた方が……」 「お気持ちはわかるけれども、ちょっと内緒の作業があるんで、覗かないでね?」 引きつった笑いを浮かべ、おつうは障子を閉めます。 「さてと。それ……」 障子が開きました。 「内緒っつったべ?」 「覗いてねえよ? 開けたんだがね?」 「わかったわかった。覗くな、開けるな。これでいい?」 おつうは障子を閉めました。 障子が開きました。 「だーかーらー、覗くなっつーのよ!」 よひょうは頭を掻き、悪びれずに笑って言いました。 「覗くな、って言われたら、覗きたくなるのが、人情だでよう!」 おつうは力一杯障子を閉めました。 「……」 おつうが見ている前で、「つぷ」と、おつうの腰の高さ辺りの、障子の一角が破れて、指が侵入してきます。その指が「ぐぅりぐぅり」と回って、穴を広げました。障子を勢いよく開けると、中腰になったよひょうが物置の方を覗く姿勢になっています。 おつうは近くに転がっていた荒縄で、よひょうをがんじがらめにふン縛り、さらによひょうに膝を折らせて両足首と両手首を繋ぎました。そしてそのまま囲炉裏の傍に転がします。 「こんどこそ、大丈夫ね。では、作業に取りかかるとするか」 おつうは機織り機を動かして、作業に取りかかりました。
二刻(約四時間)ほどで、それはそれは美しい織物が出来上がりました。 「ウフフ。我ながら、会心の出来。これを売れば、この人にも大金が転がり込むはず」 そして、障子を開けました。ですが、囲炉裏の傍に転がしたはずの、よひょうの姿がありません。そして、表の戸が開いていました。 「あれ? よひょう様? よひょう様?」 見ると、外に向かってよひょうが縛られた格好のまま、腹ばいで……というか、跳躍しながら前進していました。 何事や!?と思い、外へ出ます。思いのほか、速く前進していて、おつうは全力で走りながら、尋ねました。 「よひょう様、一体、何を……って、口のそれは、ウナギ!?」 「ああ、今、夜の、メシ、だ、食い、そびれ、た、から、よう」 よひょうはウナギを咥えるものの、すぐに逃げられるようで、その都度、腹筋と背筋で追いかけては咥え、逃しては追いかけ、を繰り返しています。 道理でうまそうなニオイが……というのは、脇に置いて、おつうは尋ねました。 「それはいいんだけれども! お前様、どこまで行くつもりなの!?」 「そりゃあ、この、ウナギに、聞いとくれ!」
お馴染み「鰻屋」の一席でございました。 おあとがよろしいようで……。
(ストーリー・オブ・ザ・鶴の恩返し 了)
あとがき
よくないッ!
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