ある雪の降る夕暮れのことでした。一人の若者が鉄鍋を提げて、帰り道を急いでいたのです。 その時ふと、若者がこちらを見ました。 千載一遇の好機とばかり、鶴は必死になって鳴きました。 『ケケキョーイ、ケケキョーイ!』 「……そんだけ元気なら、大丈夫だなや」 そして若者がまた前を向いて歩き始めます。 『ケケッ、ケケッ!』 若者がこちらを見ました。 『……ケ、ケェェェェン……。ケェェェェン……』 「虫の息か。助けるだけ、無駄だなや」 『ケケケケケケケケッ!』 鶴は自分の足をくちばしで指します。若者は近づいて、そこを見ました。 「ああ、罠に掛かってるのかあ。悪いなあ、それ、オイラが仕掛けた罠じゃねえからよう、他の誰かが仕掛けた罠に、かかってる獲物逃がすのは、仁義に反するで、じゃあな」 『いいから、外せってーの!!』 「ん? 今、なんか言ったか、人間の言葉で?」 若者が、怪しい物を見るように、鶴をねめ回します。 『ケ、ケケ、ケケケケッ?』 「……気のせいか。とにかく、オイラは買って帰ったこいつを晩飯にするんだからよ、あんまりここで時間潰したくないんだわ。どれ」 根がお人好しなのでしょう、若者は鶴の罠を外してくれました。 去って行く若者の背を見送り、鶴は呟きました。 『誇り高き、鶴の精霊である私を助けてくれたお前に、今宵、恩返しにゆこうぞ』 鶴の姿は、若い娘のものになっていました。
若者が町で買って帰ったものを調理しようとした時。 『もし』 と、家の外から若い女の声がします。 『もし』 聞き間違いかと思いましたが、また、声がします。時は宵の口。若者は心張(しんば)り棒(ぼう)を外し、戸を開けます。そこにいたのは、若く美しい娘。 「すみません、旅の者ですが、道中、道に迷ってしまい、そうこうするうちに夜になってしまいました。一晩でよろしいので、泊めてはいただけないでしょうか?」 根がお人好しの若者は、快く娘を泊めてやることにしました。
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